辻 信一 ほか (2003)『ピースローソク』東京:ゆっくり堂.












ピース
  スロー
   ローソク
画像提供:(有)ゆっくり堂

  この三つの言葉を組み合わせると本書のタイトル『ピースローソク』となる。さらに、ローソクは「低速」と書くという。Low な速度。

内容はダジャレ集ではなく、『スロー・イズ・ビューティフル』の著者であり、スローライフの専門家とも紹介される辻信一による7本の対話を集めたものだ。対話のパートナーは言わずと知れたアーティストである坂本龍一、在野の研究者である鶴見俊介、映画監督である本橋成一、フェアトレードを通してスロービジネスを実践する中村隆市と藤岡亜美などなど非常に多彩だ。内容もそれぞれが特徴的で刺激に富んでいる。

そこに通底しているのは、経済成長という呪文によって追求される大量生産・大量消費・大量廃棄に基づく生活のあり方や国益というマジックワードによってよその国へと爆弾を降らせたり、それを支援したりといった考え方や文化への批判であり、別の枠組みの模索であるように感じられる。

例えば、いつも必要としているプラグを外し(unplugged)、ローソクを灯す。そこから自分の中に「聖なる時間」を持つ。そうした時に、周囲を取り囲むモノの見え方が変わったり、一緒にいるパートナーの顔の見え方が違ったりしてくるかもしれない。さらには、「自分の人生に聖性を回復すること。そして魂を遊ばせること」(p.14) が可能になるかもしれない。「安息日にローソクを灯す。ぼくたちの革命はそこから始まるのではないか」(p.14) ということだ。

あるいは、「未来のために」、「明日があるさ」、だから今を「頑張ろう」というこれまでの経済成長を下支えしてきた考え方の枠組みに対して、南米にある「マニャーナ(明日)」という考え方を語っている。

 
「 今が充実してて、今をしっかり生きている人が、新しい用事なんかを先延ばしにしていく。つまり、今を拡張していくという考え方です。

 もちろん、これは生産性だとか効率性という経済の原理には反している。でも、元々人間が生きる喜びや、ほんとうの意味での文化というのは、生産性とか効率性では語れない。充実した今を精一杯生きるからこそ、明日もまた生まれてくるというかたちだったんじゃないかな。「明日があるさ」と「マニャーナ」と、一体どっちが豊かなんだろう。」(p. 62坂本龍一との対話から)

 
これらの対話を味わうことで、<今を生きる喜びや感動、そして愉しさ> そういったものがどうやら様々に語られる「スロー (slow)」の根底にある気がしてくる。今や「スロー」という単語が巷に溢れ返り、キャッチーなコピーとして商業的にも使われはじめている。キャメルによれば、タバコを吸って「スローダウン」し「プレジャーアップ」をすることが出来るそうだ。このように「スロー」の意味が流用されはじめている中で、<今を生きる喜びや感動、そして愉しさ>という根っこを見つめ直し、言葉を紡ぎ続ける必要があるだろう。本書はその一つの試みとなろう。

また、「スロー」と言っても<現実的に喰っていくことを考えると無理だ>とか<身分が安定した学者の戯れ言だ>といった批判もあるだろう。しかし、「ゼロか100か」とか「ファーストライフかスローライフか」という単純な思考法で捉えることを越えていく必要もあるだろう。自分の生き方の中に辻がスローの定義の一つとして挙げている「人とともに生きること」や「繋がり」といったものを少しづつ、ゆっくりと取り入れていくことは可能だ。そこに<今を生きる喜び>を見出すのであれば。今の社会の在り方や自分の生活の在り方に少しでも疑問を持つのであれば。

一連の対話は読者が<自分自身やその生活をとらえ直すこと>や<自分の中に聖性を取り戻すこと>への招待となっている。プラグを抜いて、ローソクの灯で読みたい一冊である。 

 
【注意】
 本書は(有)ゆっくり堂というスロービジネス会社から出版・販売されており、一般書店ではあまり流通していない。そのため、購入する場合には、ゆっくり堂にアクセスするか、ナマケモノ倶楽部関係のイベントなどへ足を運ぶ必要がある。

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