2009年12月31日

化学薬剤を使わず、自然治癒力と自然の力を活かす

習慣を変えてみた話し。

今思えば、化学薬剤は身の回りにありふれていた。
母親が病院事務職なこともあり、いわゆる「くすり」は家にふんだんにあった。
やれアタマが痛いとなればアスピリン、風邪だとなれば抗生物質、筋肉痛には塗り薬、切り傷には軟膏薬。
何はともあれ、身体の不調にはひとまず「くすり」を用いる。いわゆる西洋医学系の化学薬剤による対処療法だ。それ自体に何の抵抗もなく過ごしてきた。

大学生の頃だろうか、「風邪を薬で押さえ込んでも解決にはならず、誤摩化しているだけ」といった話しを聞いた。
「特定の風邪という症状があるわけではなく、いろいろな身体の不調を総称して「風邪」といっているだけで、実態はあまり良く分かっていない」といった話しも聞いた記憶がある。
その時分から何となく「くすり」に頼るってのも変な話しだなぁ、とは思うようになった。

西洋医学系の化学薬剤を全く使わなくなったのはここ6年ぐらいのことだと思う。
風邪を引いたらひとまず「葛根湯」などの漢方を飲むようにし始めた。
しかし、全国営業どさ回りの仕事をしていたので、食事にはこだわれず、化学調味料や添加物まみれの食生活を強いられていた。身体に化学物質が入り込む機会は日常的なものだった。
その結果なのか、顔には吹き出物があり、気分が重い、ダルイといったことは常態だったと思う。

福岡県赤村に移り住み、玄米と野菜中心の食生活に切り替え、新鮮な空気と水の恩恵にあずかる暮らしとなった。
今や、化学物質が身体に入る機会が異常なこととなっている。

化学調味料は舌をしびれさせ、食品添加物は身体にだるさをもたらし、シックハウス系の部屋にいると気分が悪くなる。
身体が相当敏感になっていて、化学物質まみれの現代社会では生き辛い身体になってしまった。
「たまには毒も食べな、抵抗力がなくなるばい」なんてことを言われるぐらい。
この点はすごく納得していて「ビール」は止めないことにしている。

そんな中で、病気になった際に化学物質系の薬剤を使用する選択肢は無くなってしまった。
しかし、病気は辛い。どうにか治したいとは思う。
「病院に行った方が良い」「薬を使わないと治らない」といったことを周囲からも良く言われる。
自分でも「そうかもしれんなぁ」と思いつつ、化学物質系の薬剤を使用するのが怖いのだ。身体にどんな変化やさらなる不調が訪れるか不安になってしまう。

では、どうするか?
基本的には予防医学と自然治癒力を高めておくこと。
質の良い食をいただく、年に1度は2日間断食、不定期で1日断食をする、自然に近い環境に身を置く、そういったことを実践していたら病気になるケースが極端に減った。玄米効果なのか、あれだけ悩まされた花粉症も気が付けば影響が皆無。

それでも、たまに病気になる。
そんな時は、自然療法と薬草活用があった。

2年前に断食明けに調子に乗ってお酒をたくさん飲んだ時があった。味覚が鋭くなった分、お酒もおいしく感じてしまったのだ。
すると「ヘルペス/帯状疱疹」が出てきた。
脇腹の辺りが痛む。寝返りすら打てない。日常生活に支障をきたすレベルだった。
「細菌が原因の病気で、後々まで影響が残るかもしれない」といったことも言われ、「さすがに病院行きか!?」と悩んだが、東城百合子著『自然療法』(あなたと健康社)という本を読んだら「玄米と胡麻が良い」と書いてあった。
もちろんお酒は一時的に止めて、食べる量を減らし、玄米にごま塩をしばらく続けたら、あっさりと治ってしまった。10日間ぐらいだったろうか。
原因はお酒の飲み過ぎによる体調変化だったのだと思う。

ある時、顔にミミズが這ったような傷が浮かび上がってきた。
「食品添加物や化学物質が身体に入った反応だ」と勝手に解釈していた。
が、傷はいっこうに治らず、場所を移動したり、赤みが増したり。
「どうしたんですか、その傷!?」と会う人に驚かれたり。
「皮膚科に行きなさい」「私もなったことがあるけど、注射をしたら治った」などいろいろな話しをしてもらった。
さすがに1年以上もこの状態が続いたので、どうにかしなきゃといろいろと調べてみると「白癬(ハクセン)菌」に感染しているらしいことが分かった。
いわゆる水虫の菌で、田虫(タムシ)とも言われる皮膚病だった。
病名を名付けると意外と安心している自分がいる。
これも『自然療法』の情報に習って、殺菌力が強いビワの葉を揉みほぐして患部に湿布したり、ビワの葉風呂にしてみたり。
並行して野口晴哉 著『整体入門』(ちくま文庫)という本に載っていた「皮膚病が治る」という体操法も実践。毎日5分程度で出来る簡単なものだった。
さらに、今住んでいる家の「井戸水」を飲まない、調理に使わないようにした。というのも、この井戸水は井戸がとても浅く、すぐ上の段に畑があるため、農薬や化学肥料の成分が流れ込む危険性がある。集落の集会場には、深く掘った井戸から出る水があるため、飲料&調理用はその水に切り替えたのだ。
ビワの葉療法はあまり効果がなかったようだが、体操と水切り替えが効いたのか、1年以上に渡って悩まされた顔の傷は嘘のように消えてしまった。
「あ、これは治るな」という直観もある段階で自分の中にあった。

ノドが痛んだり、風邪っぽいな、と思った時には竹の葉を煎じてつくる「竹茶」を飲むようにしている。殺菌力が強くアルカリ性成分に富んでいてリンパ循環を良くしてくれるらしい。たまに体調の悪い友人や同僚にもつくってあげる。
切り傷にはヨモギを揉んでつけておけば良いことも学んだ。

あれだけ僕の生活の中に日常的にありふれていた化学薬剤を使う習慣は、食を玄米と野菜中心のものに切り替えたことを軸にすっかり変わってしまった。
身体の不調は食や暮らしの乱れや何らかの無理が表現されてのことだと思うようになった。病気になったり、身体の不調が現れたら何かのメッセージと思うようにしている。
一番身近な自然である身体に向き合う、その声を聞くということが徐々に僕の習慣になってきている。

2009年12月04日

タイのエコヴィレッジ

9月中盤にインドとタイを訪問してきました。

インドは、紅茶の産地、世界最大のエコヴィレッジ。

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タイは、小規模ながら素敵なエコヴィレッジ。

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以下は、そのタイのウォンサニットアシュラムを訪問した感想を
短くまとめたエッセイです。

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「呼吸が私たちにいのちを与える。その呼吸に意識を向け、深く、ポジティブなものにしていく。そうすることで、より良く在ることができる。」
「私を中心に考える『我考える故に我在り』はエゴイズム。競争や支配、戦争や破壊を生む。幸せ?それは、内なる平和を耕すことに他ならない。」
これは、アシュラムでのスーラック・シヴァラクサさんの講義メモだ。彼の地での講義や瞑想実践などを通して、どこか力が抜けてしまった。「何かを達成しよう」「自分がやるんだ」「もう少し頑張ろう」そんな風に力んでいたことに気付かされた。毎日は出来ていないが、習った様に呼吸を落ち着けて、瞑想をしてみる。自分の思考や感情から距離を取り、ただ在ること、生きていることを受け止める。「木々、鳥たち、土、太陽、月、水、他者がいて、だからこそ私がいる。私も自然の一部。ただそれだけのこと。これで充分。」

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インドのエコヴィレッジ
タイのエコヴィレッジ

両方から得たメッセージは「30年やってみなさい。それなりの成果が出るから」。

2009年10月03日

近況報告 冊子と本に載りました

久々に、近況報告です。

Midosan という仏教系の小冊子にて、
ゆっくり村のことが紹介されています。

取材に来てくださった記者の方とはじっくり、ゆっくりと
対話をたのしませていただきました。
「足るを知る」「これで充分」といった話しに、
「なるほど〜、面白いですねぇ。よっぽど仏教者みたいだ」なんてやり取りも。

とても良い感じに紹介してくださっており、
恐縮するばかり。

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詳細は、コチラのサイトから読むことができます。

そうそう、『スローなカフェのつくりかた』という本にも原稿を書いています。

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赤村スローカフェ・クリキンディの紹介をしています。
書店にあったら、ぜひ眼を通してみてください。

そんなこんなで、元気にしています。

インドとタイに2週間ほど行っていました。
別途報告を書きたいところです。

2009年06月27日

自覚症状の無い疲れ


「後藤さん、2週間前に会った時から気になっていたのですが、相当お疲れですよね」
と、リフレクソロジー(足裏マッサージ)をする方に指摘された。

そんなはずはない、身体も快調だし、気分も良い。
食事も良いものを摂っている。

その方に言わせると「足のマッサージをした方が良い」と。

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半信半疑で、足をマッサージしてもらう。
「首が疲れていませんか?腰はどうですか?」
「うーん、血流が滞ってますねぇ」
「ほら、このゴリゴリしたものは、老廃物の蓄積ですよ。それが排出されていないんです」

確かに、「イテテテテ」と思う足裏の箇所もありながら、
何となく話しを聞いていた。

自分では健康体なつもりで、身体も良く動くし、食も良いと思っているんですけれどもねぇ。
と話すと
「自然食をやっている人の落とし穴ですよ。自覚症状の無い疲れというのは怖いですよ」と。

20分程度のリフレ施術を受けた。
驚くべきことに、その後30分ぐらいしてから、膝に疲れを感じ始める。
「なんかだるいなぁ」と思っていたが、どっと疲れが押し寄せて来た感じがしていた。

次の日はさらにひどいもので、会議中に眠りに落ちてしまう程。
蓄積された疲れが血流が良くなったことで一気に噴出して来たイメージ。
「好転反応ですよ」と言われる。

自覚症状の無い疲れ。
まだ、何となく受け入れ難い気持ちも持ちつつ、
「休む技術」というものも必要だな、としみじみ思う。

2009年01月24日

「スロービジネス見本市に出展!」


スロービジネスカンパニーが主催する大きなイベントがあります。
その名も「君を幸せにするビジネス スロービジネス見本市」

いのちを大切にする仕事、生き方、スロービジネスの構想者と実践者が
自分の想いやプランを発表します。
そのプランに、参加者の方々がおカネではなく、共感や感動を「投志」するというゲーム。
発表者のプランがどれだけ感動や共感を得られるか?社会的な大切さを感じてもらえるか?

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このスロービジネス見本市の裏方として企画を作っている途中から、
ムクムクと「あ~、僕も出展したいなぁ」という気持ちが募ってきました。
でも、全体統括を引き受けています。
裏方で他のSBS学生のプレゼンをサポートするのだ、と言い聞かせつつ。
でも、やっぱり出てみたい。

そんな気持ちが表に表れてしまったのか、企画会議中に「ゴトー君は出ないんだっけ?」という一言を逃さずキャッチ。
「実は、出たいんですよね!」ということで、話しがポンポンと進み、ゆっくり村も見本市に出展することに!
みなさん、ありがとうございます。

出展となると、あれこれ考え始め、何をどう伝えたものか?
ゆっくり村単体でスロービジネスが回っているわけではないのですが、
将来的な構想も含めて、ここは大いに夢を語ろう、と思っています。

出展者情報に書き込んだゆっくり村事業は以下。
1)自然農をベースとした農産物を加工品も含めて販売していく。
2)田畑や里山をフィールドとした体験型ワークショップの企画。田植え、稲刈り、竹筒でご飯を炊こう、炭焼き体験など。並行してカフェ・クリキンディが中心となりながらの食育カフェやスローカルチャーカフェの企画との連携。
3)今後展開していきたいことは、農、食、自然といったフィールドを活用しながら、自分自身と深く対話をしていくプログラムの開発。ゆっくり村に滞在することで人生の新たな視点が開けてくる、「自分の人生のコンセプトを発明する」ということがコンセプトとなる。
具体的にはシンプルでエレガントな暮らしの体験。自然農の畑を通じた大地とのコミュニケーション。お互い様で成り立つスロービジネス的な要素の学び。ボディワークなどを通した身体感覚から得られる学びと気付き。
4)並行して「手づくり」をコンセプトに、織りや染めの体験も企画していく。

この4本柱をゆっくり村として丁寧に進めていきたいな、と思っています。
特に、ゆっくり村を訪問することで新しい視点が開けてくる自分との対話。
身近にある自然や暮らしのあり方を活かして、面白い仕掛けが作れないものか?

こういう機会にゆっくり村としてやりたいことを整理すると、課題がたくさん見えてきます。
最近、ゆっくり村のメンバーも増えたので、協力しながらいろいろなことが展開できそうです。


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↑カフェスタッフと共に

今年は「整」という漢字が僕のテーマ。
ヤリタイコトを整えて、心身を整えて、ゆっくり村の基盤を整えて。。。

今年も多用な1年になりそうです。
部屋の散らかり具合も整えつつ、たのしんでいきたいと思っています。
東京近郊の方々は、ぜひ、3月8日に
ゆっくり村のスロービジネスを感じに会場にいらしてください♪

2009年01月13日

食べる 食べない

大分前のことだが、代替医療関連の事典の下訳をやったことがあった。
断食ということは、その時初めて知った。
まさか、自分が率先して断食をやるとは思いもしなかった。

それも、3年連続で大晦日と正月に。

2年間は断食道場に行ったのだが、今年は赤村の住居にて断食。

大晦日も正月もさしたる予定がなく、
放っておくと何か仕事を作ってしまいそうな雰囲気だった。
そんな時に友人から「断食すんなよ~」という何気ないメール。

「あ、そうか、断食すりゃぁ良いんだ」と背中を押された気がした。

そろそろ1年経つし、肌がガサガサしてきたし「断食をしたい」という気持ちはあった。
が、いざ、一人でやるとなるとナカナカ怖いものがある。

でも、やることもないし、良い機会だと思い、いろいろリサーチを始めた。
「断食が面白い」ということを知ったキッカケとなった人のブログを読んでいると
何となくやり方が分かった。
その人の方法は「座禅断食」というもの。
座禅を組みお経を唱えることと断食を並行してやるのだという。
座禅にも興味があったが、その方法ではどうやら下剤を掛けないらしい。

いざ、ということで、大晦日から断食開始となった。

「食べない」ということは、改めてとても能動的な行為だと思う。
食べないことを通じて、普段如何に「食べる」ということが
生活の中で大きな位置を占めているかを思い知る。

「食べない」という行為の中では、時間がゆったりと流れる。
時間の流れも「食べる」ことが中心ではなく、「食べない」ことが中心になる。

食べない行為と並行して、ひとり僕は本を読む。
普段あまり時間を取れず、放りっぱなしになっていた小説たち。

薪ストーブの横で、小説を読んではまどろむ。
幸福な時間。

自分と向き合い、思考を巡らせる。
1年の振り返りと1年の展望をしっかり考えようと思いつつ、
食べない中では思考も若干鈍るのか、あまり上手くはいかなかった。

念願の山篭りでもしているかのような気分だ。
暖を取る薪と水分補給用のびわ茶、ミネラル補給用の塩。
そして、たっぷりの時間と本。思索。

丸2日間食を断ち、3日目に重いからだで調理を始める。
昆布、煎り玄米、畑直送の大根をコトコト煮る。

さて、断食明けの食事だ。

リサーチした通りに、水をコップ2杯噛みながら丁寧に飲む。
その後に、ようやくフロフキ大根の煮汁を飲む。
煮汁には、梅干を2粒入れる。

一口飲んだ瞬間の味わいの深さ。
素材の味が暖かくからだとこころを包み込む。

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さっきまで痛かった頭、膝、腰。嘘のように力が全身にみなぎってくる。
「ああ、僕は食べものからエネルギーをもらっているんだ」と正に実感する瞬間。

煮汁の後は、フロフキ大根を味噌で食べる。
庭の畑直送の大根は生命力に溢れている。

暖かい大根と並行して、カブ、ニンジン、ダイコンなど
繊維質の多い野菜を生で食べる。
何よりも、味噌を付けると美味い。

1食目は、フロフキ大根と生野菜。
これを腹一杯食べると、胃腸が動き出してくる。

下剤を掛けたかのような胃腸のダンス。
繊維質が胃腸を洗い流してくれているかのような状態になる。

宿便とまではいかなかったが、胃腸のリセットが出来た。
その筋の話によると、3~4ヶ月経ったところでもう一度断食をすると、
更なる胃腸のリセットが可能になるらしい。

今回一人で実施できたことだし、
3ヶ月後ぐらいにもう一度やってみるかな、という気になっている。

初めから1人で断食をするというのはハードルが高い。
僕も2回経験しているベースがあって出来たこと。

軽い気持ちでお勧めはしない。
けれども、「食べない」というリアルな行為。
食べもののエネルギーが自分に満ち溢れてくるという感覚。
生きることと直結した、「食べない」「食べる」という行為への意識。
一度味わってみると、癖になっていくかもしれない。

2008年11月15日

11月22日 東京で小さなお話し会イベント@カフェスロー

9月末~10月頭まで行ってきた
南米エクアドル。

そこでであったこと、
見聞きしたことを報告する小さな会を開きます。

カフェスローという文化発信の場が会場。

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エクアドル・インタグツアー報告会
暮らしと森とフェアトレード
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08年9月に実施した
「~エクアドル・インタグコーヒー森への旅・2008~」の
報告会をカフェスロー(東京・国分寺)にて開きます。

大規模鉱山開発に反対して、
森の中でコーヒーを育てる選択をしたインタグの人々。
「鉱山開発やお金は要らない。私たちに必要なものは森や川だ!」
「本当の豊かさと幸せは既にここにある」

一杯のコーヒーの向こう側に広がる暮らし。
その豊かさ、厳しさ、たのしさとは?

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現地の様子を映像&写真を交えて報告します。
ぜひ、いろいろな「つながり」を感じに来てください。

★日時:11月22日(土曜日)
★時間:14:00~16:00
★場所:カフェスロー
http://www.cafeslow.com/

★参加費:500円(資料が付きます)
★MYカップをご持参ください♪

★生豆の手煎り焙煎の実演もします!
生のコーヒー豆が焙煎されて香りが出てくる。
煎りたてのコーヒーはどんな香り&味でしょう。

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★話し手:矢野宏和・後藤 彰(ウインドファーム・スタッフ)
★予約制ではありませんが、参加希望者は事前にご一報ください。
★お問合せ&参加希望
info(a)windfarm.co.jp
(a)は@に変えてください。

【報告会の中身】
○森の中でコーヒーを育てる森林農法とは何なのか?
○「お金や開発より森や川、そして家族」インタグの人々の営みの豊かさ。
○何故、10年間に渡りフェアトレードという
営みが継続してきたのか?
○そもそも、フェアトレードとは何なのか?

現地の最新情報や映像&写真を交えて、
コーヒーから広がる世界や暮らしの様子をお届けします。

参加者の方々とのざっくばらんな
おしゃべりも楽しみたいと考えています。

森の中で育ったコーヒーを飲みながら、
ゆったりとした時間を楽しみませんか?

【話し手プロフィール】
矢野宏和
ウインドファームで営業部長をしつつ、気まぐれな
カフェを作ろうと片田舎に移り住み、小さなログハウ
スを半年がかりでセルフビルド。

4年前から薪ストーブを使いはじめ、すっかり薪の
魅力に取り付かれ、現在はオール薪化住宅&非電化
住宅を構想中。(来年には着工予定)

日々の仕事(フェアトレード)、家事(家作り)、
育児を通して、本当のしあわせの在り処を探し続ける。

後藤 彰
2年弱の農村移動営業を経て、
福岡の片田舎=赤村にて半農半スロービジネス&
「ゆっくり村プロジェクト」を展開・模索中。
スロービジネスを広めること、シンプルな暮らしと自然農
が常に頭の中にある。
(ウインドファームスタッフ)

主催:ウインドファーム

森をまもり、森をつくる
森林農法のオーガニックコーヒー
焙煎したての美味しさをお届けします。


★「インタグコーヒー物語り」もぜひご覧ください


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2008年11月02日

エクアドルにいました

2週間ほど、エクアドルに行っていました。

「ん、オイラ地球の真裏で何してんだろ?」と不思議な気分になったり、
圧倒的ないのちのダイナミックさに感動したり、
深き森にてコケや濃厚な空気の存在感を思ったり。

とても充実した日々でした。

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記録がウインドファームのHPにアップされています。
「インタグツアー2008 報告」

↑テキストはワタクシャが書いています。

旅で感じたことも徐々に書き記していきたいのですがね。

2008年08月31日

今の世の中から「減らしたいもの」「増やしたいもの」

SBSというコミュニティがある。
スロービジネスを広めることを理念に学び、交流、実践を繰り広げる。
僕は、そのコミュニティの運営の仕事もしている。

そのSBSの中にE組というサークルがあり、そこで発表したテキスト。
今の世の中から「減らしたいもの」「増やしたいもの」を8つ上げるというタスク。

皆さんの減らしたいもの、増やしたいものは何ですか?


○減らしたいもの

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everyone thinks of changing the world,
but noone thinks of changing himself - Tolstoy.


○食品添加物
最近、化学調味料や食品添加物を摂取すると体調が悪くなったり、胸焼けする
ようになってしまいました。
賞味期限の改ざんで騒いでいますが、改ざんしても使える材料って、それだけ
添加物で使用できる時間を延ばしているだけなんじゃないか、何てことも思います。

○原子力発電所
気の遠くなるほど長い時間消滅しない放射性廃棄物を出すモノは要りません。
地域住民の生活や仕事を金で買うようなスタイルも減らしたいですね。

○GM食品
外食を避けられない時、目の前にある食品を見て考えてしまいます。このう
ち、どれだけのものがGM食品なんだろうって。一度GMの種になってしまった
ものは、取り返しがつかないことになります。「食品」ではなくて、いのちある
「食べもの」を。

○農薬・化学肥料
化学合成された農薬や化学肥料。自然にはなかなか分解されません。そんなも
ので作った「食品」を身体に入れることは、ビニールやプラスティックを食べて
いるようなもの、といった話もあります。
農薬も化学肥料も使わなくても、野菜は偉いのでそこそこ育ちます。

○すぐゴミになるような製品
僕は100円ショップで買い物をしたことがありません。すぐにゴミになるよう
な100円のものなど、興味がありません。「安いから」という理由で買い物をす
ることもほとんどなくなりました。人間だけが自然界に分解・吸収できないゴミ
を放出しています。なるべく、減らしたいですね。

○お金が一番大切、という意識
お金は便利ですが、最後に持っていても食べられませんし、価値が崩壊したら
たんなる紙切れです。人間のステータスをお金の量で計ることは簡単です。
ゲームのスコアのようなもの。でも、そんなものは虚構だと思います。

○愚痴や不平不満
人間、70%が水でできているそうです。水に否定的な言葉や感情を込めると腐
るのが早かったり、結晶化させたときに、醜い結晶構造になるそうです。自戒も
込めて、愚痴や不平不満、減らしたいですね。

○マネーゲーム
ワンクリックで巨額の利ざやを稼ぐようなマネーゲーム。地道に働いている
人、丁寧にものづくりをしている人をないがしろにして、お金で遊ぶというこ
と。その規模と破壊性。人々の生活や人生、いのちをそんなものに巻き込まない
で欲しいものです。


◇増やしたいもの

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◇自然への畏敬の念、感謝の念
自然がなければ人間を含む動植物は生きていけません。自然への畏敬の念、感
謝の念、想像力、そういったものをもっと増やしていきたいですね。

◇本物の食べもの
工業製品的に作られる「食品」ではなくて、自然の恵みを味わい、いのちをつ
なぐ本物の「食べもの」。質の良い・昔ながらの調味料や無農薬栽培された野菜
やお米。

◇半農半X・SB的な生き方
各自ができるところから、できる範囲で半農半X・SB(スロービジネス)的
な生き方をしていけると良いですね。いのちをつなぐ、食べものを育てる。こ
れ、生きるということの基本だと感じます。

◇食から始まり、健康、自然、地球につながる意識
いのちをつなぐ食、それを取り巻く自然、地球、社会の格差構造などなど、い
ろいろなものがつながっています。食を発端にして、こういったことを諸々感じ
考えられる意識を広げていきたいですね。

◇自分と向き合う時間的ゆとり
瞑想したり、散歩したり、じっくり対話したり、考え事をしたり。自分と向き
合いチューニングをし直す時間的ゆとり。もっと世の中にあって良いと思います。

◇スロービジネスの世界
スロービジネスをする人、それで食っていく人、スロービジネスをしている会
社に努める人、そういった流れを応援する人、労力や知恵、資金を出してくれる
人。スロービジネスに関わる多様性は、スロービジネスの豊かさにつながる。

◇足るを知る感覚
「これで充分」という感覚。むさぼらず、欲張らず。難しいですけど、シンプ
ルに生きたいものです。

◇手づくりの歓び
手づくりすることは愉しい、という実感。「買うのは最後。まずは、自分で
やってみる」という姿勢。

以上

2008年07月26日

おカネと仕事とその先と


ウインドファームというフェアトレード・コーヒー会社のスタッフである僕は、
週に一度は本社で勤務する。

今は、社用車が無いため、途中駅で同僚のYさんに車でピックアップしてもらう。
社中での彼との対話はいつも刺激と発見と驚きと笑いに満ちている。

「あのさぁ、お金のない世界になったとしたらさぁ。ごとー君は何する?今の仕事続ける?」
彼との対話は大抵、唐突な問い掛けから始まる。

お金のない世界では、仕事の対価は報酬ではない。仕事は社会への奉仕のためにある。
「百姓仕事をするかなぁ。自給自足が出来れば無敵ですからねぇ」
「うーむ、コーヒーの仕事も求められればするかなぁ」
スロービジネススクールの仕事は必要性があるかもねぇ」
何て、アレコレ考えながら話をする。
で、結論。
「まぁ、対価が報酬だろうが、社会への奉仕だろうが、あんまり関係なさそうだなぁ。
強いて言えば、あきらごとうを生き抜くことかなぁ」と。

「相変わらず、君は僕の質問にそっけない答えばっかりするよねぇ。
パートナーのKさんもそうなんよねぇ。
『ふーん、別に今と変わらない暮らしをするけどね』だってさぁ。」
と、ちょっと不満そうである。

話しながら分かったことは、「ああ、僕はお金のために働いているという感覚は持っていない」ということ。これに関しては、結局Yさんもそうだ。

前職の書籍営業農家回りの時も、カネのためという感覚は無かった。
そんな風に思えること自体が幸せなのだろうか?
多分、そうだろう。

でも、カネなんて、いつ何時紙切れ以外の何物でもなくなるか分からんよ。
お金は食べられないしさ。

仕事をしてそれなりに現金が回ってきて、生活が回る。
田舎に暮らし、田畑に働きかけ、恵みを享受し、
不要なものはなるべく家におかず、
身近にある資源を活用して暮らす。
生活基本コストは相当低い。
「これで充分」という感覚も意識的に大切にしている。

そんな暮らしをしていたら、「必要なものって案外少ないなぁ」としみじみ思う。
不要なものをトコトン削ぎ落としていったら、どうなるのだろう?
ふと、そんな思考が降ってくる。

生きること
いのちの在り方
実は、とてもシンプル極まりないことなのではないか。
そんなことを、時々ふと思う。

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田んぼの畦草を刈り払った後で、汗だく。
軽くサッカーでもした気分。

ゆっくりと暮れていく西の空の夕焼けとモクモクと立ち上がる雲を見ながら、
「ふふふ、きれいだなぁ」とこころ踊っている。
「これで充分」