
秋田県平鹿郡平鹿町を回っていた。9月6日から3週間ほど。
平鹿町は水田とリンゴやブドウなどの果樹が主な農業の町。
見渡す限り黄金色をした水田の拡がる風景には心が躍る空間だった。
たくさんの出会いや発見があったが、強烈だったのは飯野正和(イイノマサト)さんとの出会いだ。9月14日。
1年半以上に渡って農村を駆け回っているが、これほど熱く農家と議論したのは考えてみれば初めてのことだった。
初めは、農業技術の話を彼としていた。イネに吸い付き、食害を引き起こすカメムシ対策の話。木酢を田んぼの内側に撒いてやると、匂いでカメムシが田んぼの中に入らなくなるといったことを説明していた。
「うんうん、分かるんだよ。こういう技術的な話も大切だってことはさ。でも、君らはこうして農村を回っていて、はっきり言って危機意識がないんじゃないの?この地域や集落にある、閉塞感と不安感と絶望感と、そういったものを感じ取れていないんじゃないか?技術的に精進して良い物を作るというのは分かるけれども、それどころじゃない状況なんだぜ。ここの現実はさ」と。
彼は積年の鬱憤を晴らすかのごとく、自分の地域や農政に対する悲観論を僕に対してぶつけまくってきた。
「農家が作物を作るのにどれだけ苦労しているのか、都会の消費者は分かっていないだろ。農薬や化学肥料が嫌だとかってのが流れになってトレーサビリティーが重要視されるようになったね。いつどれだけの農薬を散布したかだとか、化学肥料を使ったかだとかを帳面に書いていくんだけど、すっごく煩雑なんだぜ。はっきりいってやってられないよ。手間ばかり増えて。僕でもタイヘンなのに、もっと高齢の農家には本当に負担だ。こっちは、一所懸命丁寧に栽培をしているのに、それが認められないような感覚がある。消費者は「あっちこっち」に買う先を変えるし、現場の都合を知らない無茶な要求をしてくるし。何なんだよ、消費者主権ってのはさ?無農薬栽培だってさ。まったく、自分たちでも栽培してみろっての。」
「米の値段も安い。今年は仮渡し金で1俵(60キロ)12600円ぐらいだ。去年よりも安くなっている。1反から8俵あげたとしても10万切るぐらいだぞ。機械代や燃料費、僕らの投下している労働量を考えたら、本当にやってられるかという値段だ。損するために作っているようなものさ。もう、田んぼは作るなってことなのかね?」
「今、農政は大規模農家に担い手になってもらう農業を推進している。そのうち、大企業が大規模に農業をやるようになる。そういった政策を見ていて暗い気持ちになっちゃうんだよ。長年百姓をやってきて、百姓仕事に僕以上に思い入れと誇りを持っている、じいちゃんばあちゃんはどうなるんだって思ってしまうよ。これまで農地を守ってきて、良い野菜や米を作り続けてきた人たちは切り捨てられるような政策だからね。彼ら彼女らが尊重されていない感じがするんだ。」
「僕は若い時から農民運動をやってきて、政府に対して異議申し立てをしたり、消費者との交流をしてきたりいろいろやってきたよ。東京にだって訴えに行ったよ。だけど、どれだけ伝わっているのかなぁ、何が変わるんだろう。もうホトホト疲れたよ。ホントに。嫌になってくる。君らにこの閉塞感と現場の現実と不安と絶望感が分かるかぁ?本当にどうしたら良いのやら、分からないんだよ。」
これほど本音で、青二才の僕に思っていることをぶつけてくれる。不満の捌け口にしたいという雰囲気では全くない。「とにかく、農民の叫びを聞け!」そんなオーラが彼から出ていた。そして、僕は彼の話を聞きながら、自分の考えていることを伝える。(つづく)
