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2006年01月 アーカイブ

2006年01月13日

旅 end/start

旅は帰るところがあるから、旅として成立する
そんな話を、昔インドを旅していた時に聞いた気がする。
僕にとって、ひとつの旅が終わり、また新たな旅が始まる。
1年9ヶ月お世話になった組織を退職した。それとともに、移動遊牧生活にも終止符が打たれた。書類上は05年12月28日のことだった。
東京に戻ってきてから、怒涛のように人と会い、イベントに参加し、自分でイベントや元ゼミの講義を企画してきた。今日、元ゼミの時間枠で30人近くを相手にして質疑を合わせて2時間以上話をしてきた。大学でライフスタイルについて研究と分析をして、「人のことは良いけど、自分はどんなライフスタイルを構築したいのだろうか?」と悩んだこと。院では「社会意識知識生産」という理論枠組みを構築して、日本の新しい社会運動的NGO/NPOなどの知識活動を分析したが、「人がやっていることは良いけど、自分はどんな知識生産を具体的にしたいのだろう?」と悩んだこと。そこから、分析対象だったナマケモノ倶楽部に関わり、さまざまな経験をしたこと。食と農の領域で専門性を身に付けたいと思い、農文協という組織に入ったこと。そこでの2年弱の経験。それを経て、僕はこれまで見てきたことを「実践したい」と強く思うようになっていた。「望む変化自体になる」be the change ということをエラソーに語る恥ずかしさを圧して元ゼミの場で話をしてきた。反応は、まあ良かったのではないか。久々に旧知の人間の顔を見ながら頭をフル回転させて話をした。コメントや質問も処理しきれないぐらいもらえた。ありがたい。
当初2年弱の経験をまとめるだけのつもりだったが、気が付けば学部・院・ナマクラ時代そして農文協時代を丸ごと考えることになっていた。それは、僕自身のライフのあり方を丸ごと考えることでもあった。
この企画が終わった今、僕の中で一段落が付いた実感を得ている。書類上の日付ではなく、今日が僕にとっての移動遊牧生活の終わりであり、また新たなスタートの日なのだ。
「人生は面白い。それを共有できる仲間がいることは本当に素敵だ」と時に心底思ってしまう。この1年9ヶ月の移動遊牧生活で得たことのひとつに「僕は今後もそれなりに愉しみながら生きていけそうだ。それを一緒になって支えてくれるつながりと仲間がいる」という感覚が強くある。それはともすれば根拠のない自信というやつだ。けど、それで充分満ち足りている。ありがとう。

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2006年01月23日

Organic Base マクロビオティックと暮らす

奥津典子(2004)『Organic Base マクロビオティックと暮らす』東京:ビジネス社

これまでの移動遊牧生活で食に気を使うことはほとんど無理だった。僕にとってこの1年9ヶ月は「与えられる食事」を摂取するという酷な期間だった。宿暮らしなので、否応なしに食事を与えられるのだ。あまりにヒドイ食事しか出てこないところは、素泊まりにしていた。朝は直売所でトマト・キュウリなどの生食用野菜を買い溜めしておき、天然酵母パンや直売惣菜などと組み合わせて、それでしのいでいた。夜は宿の近くでマシな食堂などを見つけて、そこに通っていた。
食と農に興味があると言いつつ、そういった仕事をしつつ、自分の食は散々だった。その影響なのか、去年の春には花粉症に陥った。風邪のような症状になり、変な色の鼻水が止まらなかった。おまけに秋口にはいわゆる「ブタクサ」の花粉症になったらしく、やはり風邪を引いたような症状に陥った。「花粉症などにはならない」「なれるものならなってみたい」という根拠のない自信があったのだが、もろくも崩れ去った。

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奥津さん(本の著者)には「食が悪い!」と言われそうだ。刺身とカレーだとか、揚げ物オンパレードだとか、明らかにその辺のスーパーで買ってきた出来合いの寿司弁当だとか、いやはや方々でいろいろなものを摂取した。化学調味料たっぷりの食事や冷凍食品、レトルト食品、質の悪い野菜や米なども相当身体の中に取り入れた。否応なしに。自分で望んだわけではないが、マクロビオティックとは正反対の食の乱れを体現していた。それが、花粉症となって出てきたのかもしれない。
マクロビオティックとは簡単に言ってしまえば、素材選びから調理法、食べ方までトータルに考える食の法則であり体系だ。質の良い素材を丁寧に調理して、美味しく食べる。その時に大切なのが、陰陽のバランスだという。陰=遠心力=ゆるむ、広がる、上昇するというイメージ。陽=求心力=集まる、引き締まる、下降するというイメージ。食べものにもこの陰陽のエネルギーが備わっていて、それをバランスよく食べる=取り込むことが大切ということだ。
通称マクロビといわれるこの食に対するアプローチを僕はなんとなく知っていたけれども、じっくり向き合う機会はなかった。奥津さんの本を読むと軽いテンポとゆるいテンションで文章が書かれていて本当に読みやすい。肩肘張らずにマクロビを紹介している。「~であらねばならない」といった言い方をされると大抵反発してしまうのだが、「マクロビオティックは法則であって規則ではありません。昨日よりマシを目指してできるところから始めてみましょう」というスタンスがス~っと自分の中にも入ってくる。
自分の食生活をマクロビオティックに沿って全てデザインしようとまでは思わない。けれども、食と心身の健康の関係性や調味料や素材そのものに対する考え方はすごく参考になる。たとえば、玄米。玄米は水に浸けておくと発芽する。いわゆる発芽玄米になる。これは、生きているから。精製してしまった白米は水に浸けておくと腐ってしまう。これは、ある意味では死んでいるからだという。エネルギーと栄養価が一番詰まっているところを削り取った白米をありがたくみんな食べている。僕も食べている。白米にすると噛む回数が少なくなるので、時間のない現代人には適しているのかもしれない、と。玄米をじっくり噛んでそのエネルギーを得るというのは、なるほど面白い発想だ。そして、何よりも甘みがあって美味しい。そういえば、つぶつぶカフェ(雑穀)で働いている友人も同じようなことを言っていたなぁ。
いろいろな刺激から新天地では、玄米菜食をて~げ~(テキト~)に始めてみようかなぁ、と真剣に思うようになった。動物性を一切取らないのがマクロビの法則、それに挑戦していけば「欲しくなくなる」とも書かれている。僕は基本的に動物性の食品も感謝して美味しく食べれば良いと思っている。その土地土地には気候風土と歴史に裏打ちされた多様な食文化が脈々と形成されており、それには敬意を払って良いと思う。西表島で食べたカマイ(イノシシ)の刺身は美味かった。山の恵み、自然の恵みとして山の神様とのつながりを感じながら食す。それが文化であり、その土地の人々のローカルな生活と密接に結びついている。そんなことを考えながら、「でもまぁ、本当に自分が動物性のものを欲しくなくなったらそん時はそん時だなぁ」と思ったり。実際、最近それほど肉食に魅力を感じないのだ。そして、本でも紹介されている良い素材の蒸し野菜が美味いのだ。そんな食生活を続けることで、身体が変わってきたら面白い。花粉症、消えないかなぁ。
食と心身の健康とのつながりを考えるきっかけとしては良い本でした。移動遊牧の後で定住農耕にシフトしようとしている中で、身体性を食と運動によって取り戻すというのが僕の目下の関心なのです。まだまだこれからだけど、生活を組み立てるって、ワクワクする。

評者:後藤 彰

2006年01月30日

ノマドプレゼン@ベアーズウェル

1年9ヶ月の経験をオープンな場で話す機会を2度つくった。
1月7日(土)にベアーズウェルという都内にあるカフェにて、僕が属するスロービジネススクールというネットワークの内輪勉強会という位置づけでまず一回。
「食べものの向こう側 むら・ひと・つち」というタイトル。この時はとにかく「食べもの」が育てられている「農村空間」というものを立体的に把握してもらおうと思って話をした。
ナマケモノ倶楽部の仲間や一緒にピースボートに乗った仲間、友人や知人がたくさん来てくれた。会場となったカフェは話を聞いてくれる25名ほどで埋まった。
農村空間と言った時に何を思い浮かべるだろうか?さまざまな集落や地域を回って思うのは、そこにある自然という資源、多様な食などの文化、個性的な人、そして人と人とのつながりだった。そういったものがあって、人々の生活と文化が成立している。その空間から僕らが日々身体に取り入れる「食べもの」が育てられている。
パワーポイントを使ってカッコ良くプレゼンすることを考えたが、ソフトがなかったためワープロソフトに図を描いて、それを見せながら農村空間を立体的に表現していった。

各地で撮りためたデジカメ写真も活躍してくれた。農家との話の流れを切りたくないので、自分のおなかの位置ぐらいでデジカメを操作して、言ってみれば盗撮をした写真の数々。もちろん、許可を得て撮ったものもある。それから、圧倒的な自然風景の写真などなど。
あっという間に1時間半ほどのプレゼンは終了。

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中央の黒い服が自分です

質疑では「農政の流れがどうなっているのか?」「若い人の新規就農の動きを感じるか?」「有機農業や安全安心野菜などの考え方は現場では拡がっているのか?」などそれぞれの関心からいろいろな質問をもらう。
「農政は力のある農家が機械を導入して大規模に経営していく方向付けをしている」「若い新規就農にはそれほど会っていない。統計上の新規就農はたぶん60歳前後で退職してから始めている人の数字が大きいはず」「流れとしては確実に安全安心へ向かっている。が、それに伴い安全安心と言われながら、形や虫食いなしなどを求められることや履歴作成など煩雑な事務処理が増えることで農家の負担が増える傾向もある。そのくせ作物の値段は上がらない。」といったやりとりをした。
また、「面白かった、自分も農村に足を運びたいと思った」「写真がすごく素敵だった」「本を作ったらいいじゃないですか?」「カッコつけ過ぎていなくて、素で話していたのが良かった」といったコメントももらった。
一番自分の中にズシンと来たコメントはイベント後の飲み会で「まあ、大抵は知っている話だった。状況説明ならTVを見れば事足りる。最近は農村の現実といった番組も多いから。もっと、そこであなた自身が何を感じて、何を思ったのかを話して欲しかった。それが、後藤彰が語り得る『オリジナルなこと』だと思う」というコメントだった。
いやはや、ズバリと言われた。
1年9ヶ月の移動遊牧生活で何をしていたかというと、農家相手の営業仕事なのだ。僕は自分のスタイルとして「相手の話に自分を合わせる」ということを常にしていたのだと思う。「Aだ」と言われれば「Aですよねぇ」と返し、「Bだよなぁ」と言われれば「Bっすよねぇ」と返す。農家とのやり取りの中で、自分の意見を主張したり展開するということは控えていた。もちろん、時にはガチンコで農家とやり合うという経験もあった。でも、大半は合わせるスタイルだった。また、根拠なく自信満々に自分の意見や主張だけを一方的に話してくる人にも農村でたくさん会い、辟易していた自分もいる。その一方的な自己主張は、ほとんどが他人の否定や非難と対になっているから聞いていて気分の良いものではなかった。
そんな経験の蓄積からだろうか、自分の意見や感じたことを他人に対してしゃべるということに臆病になっている自分がいた。自分で思うに、主張が言い訳がましい言い回しになっていた。ストレートに「Aだと思います」と言えば良いところを「まあ、Bって可能性もあるんですけれども、Aじゃないかなぁと」なんてまどろっこしい。
人に自分の想いや感じたことを伝えるのは難しい。けれども、スリリングで面白い。デザインの仕方、道具の揃え方、声のトーンから小ネタなどなど。これからも失敗を積み重ねながら練っていきたい。

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バイク営業チーム このカブで農村を駆け回る

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