ちょっと前に書いた「命をつなぐ」がピースボートに一緒に乗った友人達のMLで話題になっている。「肉を食べる以上屠殺体験は必須」といった意見や「やっぱできないなぁ」といった意見まで。
動物と植物の命の違いを実感するのは難しいといったことも書いたが、この間不思議な体験をした。
赤村に入ってから、鳥越農園というところで農作業の短期バイトをしていた。初日の作業は、枯れてしまったトマトを引っこ抜き、代わりにキュウリを定植していくというものだった。暖房機の誤作動と管理のまずさが重なって、5連棟ハウスの半分ぐらいのトマトが凍害を受けたのだ。もう少しすると収穫できるようになる樹だったから、農家としてはかなりの痛手。緑色の実がついているところもあるが、葉っぱは枯れてしまい、全体的にしおれている死んだトマトの樹が眼前に拡がる。そのトマトの樹をへし折り、株元を引っこ抜き、通路に捨てていく。捨てた樹は僕らが動き回ることで踏み潰される。いつかは分解されて土に返る。
初めは、無心で作業をしていた。「ペキ」「ポキ」「グシャッ」。樹を折る度にトマトの青臭い、強烈な匂いが鼻をつく。トマトの強烈な匂いの中で作業をするということに面白さを感じていた。けれども、徐々にそれが何とも言えない気分の悪さに変わっていった。「ペキ」「ポキ」「グシャッ」という音と鼻を突く匂いが妙に生生しい感じに変わっていく。鶏の首の骨をへし折るような(やったことはないが)、命を奪っているような感覚になっていったのだ。トマトを樹から収穫するのとは全く違う感覚だった。
命を奪う。鶏の場合は体温、トマトの樹の場合は音と匂い。命は五感に訴えかけてくる。農業は生き物を扱う仕事、その意味が少し分かった気がした。