里山
なんとなく、惹かれるフレーズだ。
赤村にも里山があるのだろう、どこかに。
というのも、赤村の山は竹、杉、檜、椚が相当植わっている。
「秋口にはイロイロな葉っぱの色が見れたから、広葉樹林もあるはずだ」と農園で一緒に仕事をする友人は言うが、僕は実感としてそうは感じていない。
竹だらけ、杉だらけという印象が強い。
とある爺さんの話だと竹はここ50年ぐらいではびこった、杉もここ50年で山を埋め尽くしたということだ。50年前には竹は貴重で、たけのこの取れる林を持っている人はある種のステータスも一緒に持っていたらしい。ところが、その竹が徐々に増え始め、手入れが追いつかなくなり、あっという間に山を覆いつくしている。
50年前には杉は高く売れた。炭鉱夫が住む住居の建築材として小さくてもいいから木材が引っ張りだこだった時期があり、山の持ち主は一斉に杉を植えたのだ。が、時が経つにつれて杉の値段はガタ落ちし、今では立派な立ち木が1000円ぐらいの値段にしかならない。間伐や枝打ちのコストの方がはるかに高いということになる。
そんな山を見ながら小さな小さな植樹活動をしてきた。山桜、モミジ、ハゼなどの苗木を観光客が通る道ぶち計3箇所に計17本植樹してきた。70代の爺さんたちが主なメンバー、そこに20代の僕が一人。しかし、爺さんたちが働く働く。苗木を植える穴掘り、苗木運び、苗木を支えるくい打ち、下草刈りなどなどテキパキと動き回る。「青年、杭を打ってくれ」何て言われながら調子に乗ってガンガンとハンマーを振り下ろしていた僕は、後日肩が痛んで仕方ない。僕の1.5倍ぐらいは動き回る百姓の爺さんたちは本当にたくましい。

差し入れされたシカ肉と一緒に昼飯を食いながら発泡酒を飲み、村の話題をとめどなくする。そんな中で、50年前はこの杉で覆われた山は牧草などを育てていた山だったことが分かってくる。50年でそんなにも変わるのか、と思ってしまった。スケールの大きな話だが、時間を経て変わるということを杉山を見ながら考えてしまう。

50年後にこの山を人々が喜んで入りたがり、山野草や木の実なんかをもたらす豊かな森に囲まれた里山に変わらないだろうか、と。
コメント (2)
おひさしぶり。まつひさです。
赤村で元気にやっているようですね。
事後報告なんですが、私のブログにこのbeartblogのリンクを貼らせてもらいました。
楽しみに読んでますので、おもしろいことどんどん仕掛けていって、ここで紹介してくださいね!
投稿者: まっきゅー | 2006年03月24日 01:02
日時: 2006年03月24日 01:02
まっきゅーさん
こんちは。久々ですね。元気にしていますか?
農村にいて、農文協の本が如何に面白いか実感しています。
これからも良い本作り続けて欲しいなぁ。
さっきは、友人からも注文をまとめて14冊もバラバラと頼んでしまった。
注文書書くの大変そ~
ちなみに、まっきゅーさんのブログは↓
http://makkyu103.air-nifty.com/ol/
面白いですよ!
投稿者: akilagotoh | 2006年03月26日 10:04
日時: 2006年03月26日 10:04