« 2006年05月 | メイン | 2006年07月 »

2006年06月 アーカイブ

2006年06月19日

「加工所の魅力は与えて、与えられる関係にあり」

とあるメルマガに書いた原稿再録

赤村の食について、今日は赤村の食を発信し続ける特産物センターの加工所を覗いてみよう。全国的に直売所が乱立しているのが現状で、その数は有人周年運営タイプでおおよそ2800店、4000億規模の市場だと言われている。乱立する直売所の中で特徴を出していくには農産加工が鍵を握る。弁当、惣菜、餅、お菓子、パン、漬物、味噌などなど。その地域のご当地加工品がウケルのだ。一年中安定して「あそこに行けば何かある」と思わせられるのも強みとなる。そういった加工をするのは農村の女性たち。それも、大抵が60歳以上の方々。60なんて若い方で、70でもバリバリ働く。そして、この母ちゃんたちが素敵なんです。

chokubaikachan.jpg
新潟県上越市の朝市の風景 朝市は元祖直売

赤村の加工所は時々「裏食堂」と化す。仕事が忙しかったり、段取りが悪かったりで昼ごはんがないと言う時、僕は加工所に電話をする。「カクさ~ん。お昼ごはんあるかな?」「食べに来よるか?何人ね?何かかんかあるわい。はいはい、まっとるよ~」といった感じ。鳥越農園で働く仲間もちょくちょく利用している。
行くと加工所で作っている弁当のおかずモノの余りを様々出してくれる。ごはん、手作りコンニャク・ニンジン・半生大根の煮戻し・タケノコなどがたくさん入った煮ゴミ(筑前煮)、鯖のぬか味噌炊き、白菜漬けやキュウリのぬか漬けなどの漬物、掻き揚げ天ぷら、から揚げ、コーンコロッケなどなど。時には試作品も食べさせてくれる。おからの酢の物なんてのも食べさせてもらった。こないだ来た客人は「いやぁ、イチイチ美味いねぇ」と感激していた。赤村産の野菜を使い、村の天然水で炊事しているから、素材も良いし、何よりも母ちゃんたちの創意工夫と愛情が込められていて美味い。
「あんた、痩せとるきぃ、ここでたくさん食べて肥えなさい!」「こないだ、隣町まで餅つきの出前に行ってきたんよ。ば~さんたちでペッタンコペッタンコやってきたばい。今度は加勢にこんね?」「あんたまた何でこんな田舎に来たん?物好きやねぇ」「コーヒー屋(スローカフェクリキンディ)は何時まで開いとるんかね?今度みんなでいかんきゃねぇ」「あんた、ぬけ漬けするかい?するなら床分けするよ」なんて会話が弾む。
そんな話の中から僕もぬか漬けにチャレンジすることに。漬物桶を持って行ったら、ものの10分ほどでぬか床が出来てしまった。カクさんというか~ちゃんが何年も維持しているぬか床を気前良く分家してくれた。「一生モンだきね。自分で何時間つけたら美味しいかためしちょったら良いバイ」と。ぬか床にたっぷり入れた山椒の香りがイチイチ僕を幸せにしてくれる。
農村に定住すると、こうして「与えられる=ギブされる」ことが多い。そして、その関係にはほとんどお金が介在しない。ああ、僕は何をお返しできるかなぁ何てことを考えながら、やはり今日も何かをもらっている。僕に出来ることは労働力提供ぐらいかなぁ。この気持ちが手間返し=結の原型なのだろう。give and take 与えて、取る(奪う)という関係ではなく、give and given与えて与えられるという関係へ。

2006年06月22日

発酵開始?

空腹感?飢餓感?焦燥感?
どれもピンとこない感じもするけれども、何か満たされない、不満足な焦りが僕の中にある。
村に住み、TVも新聞もなく、仕事場が住居だったり、5分のカフェだったり、7分の畑だったり、そんな中で僕は相当ナマクラになり、ずぼらになり、ルーズになり、長時間睡眠になり、「ま、いっさ」が繁殖している。

以前と比べれば、生活は断然充実しており、今は、生活を「している」時だとの言い訳もそろそろ賞味期限切れ。
刺激、知的刺激、感性的刺激、出会いの刺激が足りない、と環境のせいにするのはオカド違いと分かりつつも、どうしたものか。
僕の感性と世界観=perspectivesは梅雨入りか?

気がつけば仕事を辞めてから6ヶ月。一年の半分。
その分だけ年を食い、現実に絡め取られ、細胞が老化した。

deepblue.jpg

どうしようもない焦りが発酵スターターとなり、賞味期限切れの感覚が別物に変化する。
この好気性発酵をスムーズにもっていくために、たくさんのエアー(空気)を取り入れなければいけない。

ブクブクボコボコ。

2006年06月26日

東京日和?

「元々は東京の出なんですけどね」
よく、こっちに来てからこのフレーズを使う。
僕にとって、東京なんてど~でも良い場所、何の執着もないし、地元感覚もないし、都会都心は肌に合わないし。
だけど、僕が東京で過ごした時期につながりがあった人たちは本当に大切なのだ。

昨日何気なく、友人のブログを見ていた。
大都会東京の都心で朝市をやっている風景の写真たち。
知っている顔がチラホラ。
元気そうで写真には活き活きして写っている。

何となく、tokyoが懐かしく思えた。
いや、tokyoではなくて、そこにいる人たちが懐かしいんだろう。

multibuild.jpg

かなりの数の朝市写真を見たけれど、やっぱり土の匂いがしなかったよ。

ps:先日のエッセイにコメントを書いてくれた方々。
  イチイチコメント返しをするのがあまり好きじゃないので、この場をかりてありがとう。
  今日は、久々に田んぼの見回りをしました。
  僕らの無農薬田んぼの上だけやたらトンボが飛んでいた、と思うのは、やはり自意識過剰というものかな。

psps:東京での縁会 参加する方向で調整しようかな。懐かしいので。

2006年06月30日

タイミング

ものごとにはタイミングがある。「人生タイミングですよ!」と言われたことも多々あり。だいたい、ずれてんだけどね。

村では季節的なタイミングが多い。生命のリズムにコチラが合わせなければいけない。考えてみれば当たり前のこと。
「もうちょっとダイズを蒔こうと思うんだけど」と話をすると、加工所のばーちゃんがしかめっ面をしながら「もう、遅いんじゃないかなぁ?」とつぶやく。そして、すぐ近くにいたじーさんを捕まえて「ダイズはまだ蒔くのに大丈夫かい?」と問いかける。じーさん応えて曰く「ねむの木の花がついている間は大丈夫だ」と。

daizu.jpg
この写真を撮ったのは、4日ぐらい前。載せるタイミングを外している?

梅干作りに取り掛かる。水洗いをして、ざるに上げ、そのままほったらかしにしていた。ら、なんだかほとんどの梅が変色してしまった。「なんてこった」。マシなものを拾い上げてつけてはみた。どうなるか?しかし、暑い中必死に取った梅の大半を廃棄処分にすることに。青梅を新たに買おうにも、もう直売所には品物が出ていない。時期が過ぎたのだ。
雑穀の種を友人からもらいうけた。蒔かなきゃと思いつつ、タイミングを逃す。ま、強い作物だし、まだまだ大丈夫かな?どうなんだろ?やるだけやってみるか。
タイミング、躊躇していると外しますね。
そうやって、外したこと数知れず。
でも、そうやって学んだことも数知れず。

About 2006年06月

2006年06月にブログ「beart blog」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2006年05月です。

次のアーカイブは2006年07月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35