GNH
久々に、英語で論文を読む。
GNH=Gross National Happinessについて。
最近の概念かと思っていたが、なんとブータンという小国が1972年から唱えている概念だった。
考え方を単純化すれば、カネやモノではなく、精神的な充足や満足感、アイデンティティに自信を持てることなどなどを重視する考え方だ。
GNPからGNHへ。
現在の社会の多くの側面はGNPの増大が「豊かさ」の指標となっている。
ガンガン環境汚染をしましょう。
そうすれば、井戸水が飲めなくなり、人々はペットボトルで水を買うようになるから。今じゃ、空気も売り物だ。お、GNPが上がった。
ガンガン質の悪い食べものを食べましょう。そして、胃腸の病気になろう。
そうすれば、効率的に工場生産的な形で動く農業が潤い、化学物質まみれの食品加工業も潤い、ついでに病院も潤うから。お、GNPがまたしても上がった。
GNPを指標にしていたら、これも発展と呼ばれ、豊かさが増大したと言われる。
でも、本当にそうなの?

違う観点をGNHは紹介してくれる。論文を読んでいて思ったのは、これは政治的な概念だということ。ブータンはGNHを行政レベルで考えている。国民の意識レベルだけではなく、政策レベルにしっかりと組み込まれているのだ。GNHを計る指標のひとつに「良き統治(Good Governance)」が掲げられているのも納得だ。例えば、「どれだけ国民に適切な教育の機会を提供できるか」といった論点がGNH的観点から語られているのだ。
そういった視点から考えると、幸福とは社会的なものである、と定義されている。個人的な幸福を越えたところに成立する共通の・社会的な幸福。「あなたが幸せなら、私も幸せ」といった関係性だろうか。
そういった関係性とつながるのが、「精神的発展(spiritual development)」ということ。物質的に豊になるのではなく、精神的に満ち足りていること、peace in mindという状態。そちらの方が、人間の幸福にとって大切なのではないか、と。
今日、早起きして、大家さんが作った「瞑想台」に座り、白々と明けてくる空を眺めていた。澄んだ空気、刻々と変化する空と色彩、鳥の鳴き声。理屈無きGNHの高さを感じていた。
ps 13日に赤村で「豊かさのモノサシが幸福の国 ブータンからのスローライフ&ミュージック」というイベントを打った。報告はコチラから。
cf:Thinley, Jigmi Y. (2005) ‘What does Gross National Happiness (GNH) Mean?’ Downloaded from:
http://gpiatlantic.org/conference/proceedings/thinley.pdf

