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2006年12月 アーカイブ

2006年12月01日

it's so heavy

僕の現在の体重は、54キロ程度。噂には聞いていた60キロの袋。
ちなみに米俵は一俵60キロだ。
何の袋かって?コーヒーの生豆が入っている袋。
今日は、通称「荷受」という作業にデビュー。
村でも「コーヒー屋のアンちゃん」で知られているのだが、コーヒー屋を語るには良い経験だった。

自分よりも重い袋を肩に受けて、運ぶ。
トンデモナイ。
「ゴトー君は初めてだったかね?ま、怪我しないようにね」とアドヴァイスをもらう。
けれども、具体的にどうしたら怪我をしないのか良く分からない。

60キロのコーヒー豆袋を担ぐ。
担ぎ方は見よう見まね。「コツがあるんよ」と言われるも、具体的な説明はない。
やりながら覚えるしかない。
上手く身体に乗せないと、かなり肩や筋肉、筋が痛いことになる。
今日、何回60キロを担いだかは定かではないが、
70%ぐらいは「イテテテテ、ムリムリムリムリ」と心の中で絶叫しながら荷物を運んでいた。
身体も絶叫である。
でも、気を抜くと本当に怪我をしそうなので、集中&気合で乗り切る。
ソートー集中しているのでイテテと思いながらも何とか遂行できる。
でもでも、この類の肉体労働は集中や気合だけではどうにもならない。
物理的に身体がぶっ飛ぶかと思った。

havy.jpg
同僚のO君が60キロ袋を受け取っているところ。腰で受け取る!

でも、30%は「お、上手いコト担げたぞ」と嬉しくなるほど、身体への負担が少ない状態になる。
「コツ」はつかめたような分からんような。
同じ60キロなのに、不思議なものだ。

「昔、スタッフが居なかった時には、丸一日かけて運転手と2人で運んだんだ」「いやぁ、80歳になっても荷受が出来たらカッコいいよね」といった話がコーヒー屋の代表から出たり。
それこそ、気合が違うよねぇ。

物理的な身体の限界を感じながら、何とか荷受を乗り切った。
普段はコーヒーを飲みたいと思うことは余りないのだが、
この時ばかりは「コーヒーを飲みてぇ」と何故か思えた。

havyjaca.jpg
この袋、彼の地ブラジルやエクアドル、メキシコでも人々が積み込みをしているんだなぁ。

ちなみに、次回は69キロのメキシコ豆が入ってくるらしい。
シャレになりません。

2006年12月08日

再会とアイディア

Earth is my body
Water is my blood
Air is my breath
Fire is my spirit  (by Anja Light 'Thinking Like a Mountain')

久々に、アンニャ・ライトと再会した。
福岡空港に迎えに行くと、手荷物受取場から手を振ってくれる。
覚えてないだろうなぁ、と思っていたのでちょっと嬉しい驚き。

僕がナマケモノ倶楽部に本腰入れて関わりだした時の初仕事は、2003年のアンニャツアーの物販ブース担当だった。
東京近郊の5~6ヵ所のライブ会場で物販をして、彼女のライブを間近で聴いていた。卒業した大学でのライブも企画したっけ。
今でも、アンニャの歌声を聴くと、その時の感覚が何とも言えず鮮やかに、湧き上がってくる。
今回は博多でのイベント、赤村での寄り合い、そして熊本の小国でのミニライブでアテンド的な動きをした。

anja.jpg
リクエストに応えてくれ、僕の大好きなthinking like a mountainを歌ってくれた。

とても明るくて、前向きで、自分に素直で、ユーモアがあり、真剣。
時間と空間を共有しているとこっちまでワクワクしてくる不思議な魅力がある。
「このジーンズ良いでしょ。横にダイヤモンドが付いていて、何だかミュージシャンのズボンって感じでしょ。リサイクルショップで200円ぐらいだったのよ♪」と気さくな人だ。
もちろん、横に付いているのはダイヤではない。。。
彼女と話をしていて面白かったことをいくつかお裾分けしよう。
「これからの時代はビンボーロハスよ。金持ちロハスはうそ臭いけれども、ライフスタイルを真剣に変えようと思ったら、ビンボーなロハス。これよ!」と。
なるほど、ビンボーロハス、これなら僕も受け入れられそうだ。LOHAS(Lifestyle of Health and Sustainability)。一般的な傾向としてセレブな人たちが消費を通してLOHASを語っている。結局はマーケットに取り込まれている気がしてならない。消費=ショッピングを前提としないライフスタイルの転換、カネを使わず健康と社会や文化の持続可能性を実現する。ビバ・ビンボーロハス。

「私には幸せの遺伝子があるんだと思うわ。幸せ遺伝子と不幸遺伝子のどちらかを人は多く持っているかもしれないわね。けれどもね、大切なのは幸せの半分は『選択』に拠っているって思うの。どういった状況でも、ポジティブに、前向きに、何を学べるか、何を吸収できるか、何を愉しめるか、そうやって幸せを選び取っていく姿勢が大切なんじゃないかしら」と。
根暗な僕としては、真剣に見習いたい姿勢だ。

「私が思う、最大の環境活動は、早めに眠ることよ。日本の人たちは遅くまで起きてて信じられない!私は早い時は7時半ぐらいに眠るわ。そして、夜明け前に鳥の声で起きるの。早く眠れば、消費もしない、争いもしない、環境破壊もしない、電気も使わない。素晴らしいわね。」
最近、寒さに負けて睡眠時間が延びている僕としては共感したいような、したくないような。。。
さてはなにより、はやりこういった素敵な大人にたくさん逢って、刺激をもらえる環境にいるってのはそれだけで素晴らしいことだなぁ、と思う。

2006年12月18日

22日 冬至 candle night

22日の日、冬至
一年で最も日が短い日。

その日に、電気を消して、ろーそくの灯りで過ごそうというイベントがある。
「電気を消して再処理工場を考えよう」

再処理工場って?
原発から出る放射性廃棄物を再処理する工場のこと。
その稼動プロセスにおいて、大量の放射性物質が排出されることになるらしい。

あまり、報道されていないから知られていない。
その構図自体が水俣病の惨事に重なって見えるのは僕だけか?

というわけで、イベント参加や諸々仕事や用事などで一時上京します。
お時間ある方、カフェスローにて会いましょう。

2006年12月19日

赤村ゆっくり村計画

当たり前のことだけど、相当プレゼン能力が落ちていた。。。
今日、赤村地域と農業の会にて、「赤村をどんな地域にしたいか?」という題で参加者が各自の考えを発表する場があった。
この会、10年続いているけれど、「何だかいつも同じような話ばかりしているなぁ。話題も議題もあっち行ったりこっち行ったりだし」というのが印象。
けれども、最近は赤村に新しく入った人間がちょこちょこ顔を出し始め、少し違う風が吹き始めている。

昨日の夜と、今日の昼過ぎの時間をサクッと使って、レジュメを作成。
発表は何故かトップバッター。
何だか、カツゼツが悪い。だが、よどみなくしゃべる。
聞いている人には分かりにくいだろうなぁ、と
しゃべっている当人がしゃべりながら思ってしまう始末。
いかんな。
昔、ゼミのプレゼンでこういうまとまりのない発表をするとそーとー怒られたのを思い出してしまった。
ポイントが絞れていない。

でも、ホントなのか「良くまとまってて良いアイディアだね」と事務局の役場職員Mさん。普段は、会議で余りしゃべらないのだけども、今日は学校給食の米飯を全て赤村産にしたら良い、など具体的なアイディアも出してくれた。
相変わらず、右往左往する議論もあったが、何だか今日の会は活発だった。

さ~て、そろそろオイラも地元学の地道な展開を自分の仕事として取り組むさね。

以下
レジュメの文章

2006年12月19日

 社会情勢:経済的グローバリズムが席巻中、所得格差や希望格差の拡大、勝ち組負け組み、稼ぐが勝ちという雰囲気。「結局お金でしょ」という雰囲気が色濃くなっている。
 そんな中で敢えて「スロー」という価値観を大切にしたコミュニティ=共同体=村のあり方に注目したい。何故か?「人は、美味しく、愉しく、安らかに生きるために生まれてきた」という感覚が根底にある。ライフ(いのち・暮らし・人生)の愉しさを味わいたいという欲求。スローとは、ライフの愉しさを成立させるキーワード。それは、経済、社会、文化における持続可能性(sustainability)、公平さ(fareness)、分かち合い(share)をひっくるめた考え方。人と人、人と自然、人と共同体、自分自身とのつながりと調和が大切になる。
 何故に赤村?「豊かさの源泉は農山村にあり」という肌感覚。赤村の自然・風土・人・ネットワークの潜在力は高い。
 
「スローな村」あるいは「ゆっくり村」@赤村
 お金持ちにはなれません。けれども、ライフの愉しさは存分に味わえる場所。
こんな場所になったら良いな、というキーワード9つ。


○ライフ(いのち・暮らし・人生)の愉しさを味わえる場所
○あるもの探しをしていく場所 地元学
○いろいろなものを自給している場所 自立と協同が基礎 医、食、農、想、住、遊
○里山の恵を 感じられる場所 山野草・薬草活用 炭焼き
○半農半Xが実践できる場所 半農半スロービジネス
○学びの里的な場所 ワークショップ 体験学習
○ホンモノの食を提供し、発信し、伝えていける場所 スローフード 食の文化祭
○地域で良い循環が成立している場所 地場産給食 地産地商・地消
○農山村の豊かさを感じられる場所 スローツーリズム グリーンツーリズム


全て実現したいが、いきなりは無理。まずは、地元学的なことを通して赤村でのあるもの探しを進めていく。それ自体を参加交流型のイベントにする。各種イベント(例えば炭焼き@後山)にも連動し、そこにも地元学的手法を導入する。意味を掘り起こしていく過程を充実させる。
 ゆっくり村構想に興味関心を抱く若い層がけっこういる。そういった若者が滞在しながら「学ぶ」機会を提供していきたい。
 ウーフという仕組みの活用。宿&食事と労働力を交換する仕組み。労働力をワコウド人材センターのような形で、「村の何でも屋」的な存在にする。 杉の枝打ち、ゆず収穫、草切り、ハウスの片付けなどなど。

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