大晦日、正月、と全く食わず(正確には畑にて取れたてニンジン&大根をちょっと食する。ちょっとね)。
大晦日の朝から食事を抜き、2日の午前10時頃待ってましたとばかりに「初食い」をした。
大分にある「なずな農園」という有名な農園にて断食イベントに参加してきた。
断食については、以前熊本を移動遊牧している時に話しとしては聞いていた。
2年弱の自分には選択肢のない旅館生活の「与えられるだけの食」にドップリ使っていた僕としては、毒出しをしたいなぁ、とは漠然と思っていたこと。
06年3月から脱移動遊牧の定住をして、玄米食に切り替えだいぶ解毒は進んだと思っていたが、友人の誘いで断食に参加。
「食べない」という行為。意識し始めると、いかに日常生活が「食べる」という行為に席巻されているかが分かる。大分の農場への道で、駅や電車の中にいかに「食べる」ことにまつわる、匂い、音、サイン、お店、情報の多いことか。
意識しすぎなのか、「食べない」という行為は予想以上に非日常的なことだった。
食べないということ自体は、思っていた以上に苦痛ではなかった。50人の参加者がただひたすら食べずにそこに居る。おしゃべりをするのも、情報交換するのもとにかく食べること抜きにする。その光景はなかなか新鮮なものだった。
普段、誰かと交流する情報交換する際にはとにかく飲み食いしながらという状況が圧倒的に多い。そんな日常性を飛び越えて、ただひたすらダルマストーブの周りに集い、三年番茶をすすりながら話に花が咲く。
腹が減ったという感覚を通り越して、それほど気にならなくなってくる。けれども、エネルギーは少なくなっているので、無駄な動きをしない、争わない、ボーっとしている時間が多い、などなど。「ナマケモノになろう!」というコンセプトで活動しているナマケモノ倶楽部のメンバーでもある僕は「ああ、断食をするとナマケモノに近づくなぁ」と感慨深かった。
朝、呼吸法をしたり、体操をしたりするので、身体の調子はとても良かった。普段ならギンギンに足先が冷える状況にもかかわらず、足先が全く冷えなかったのは不思議なことだ。
妙に、音や匂いなどにまつわる感覚が鋭くなっていた気もするし。
断食をしていると、徐々に食べることに対する執着がなくなってくる。この場で、大ご馳走を突き出されても食べる気がするかなぁ、と思うぐらい。腹が減っているという感覚はあるのだが、「無性に食べたい」という気力までが萎えるのだろうか、執着が減っていくのも不思議な感覚だった。
「あえてこの時代に、正月に集まってわざわざ断食をする有り難さ」ということをある参加者が言っていた。他方の世の中では、不可抗力で毎日断食状態の人もいるのだ。そういったことも噛み締めながら、2日の初食いを迎えた。
周囲で「美味しい!」という歓声を聞きながら、ただただ、食べないことを通して痛感する食べることの有り難さに感謝していた。
食べることを通して、エネルギーが全身に満ちていくそのすがすがしい感覚。普段もそういった感覚があるのだろうが、食べることが当たり前になると、薄れるのだろうなぁ。

「初食い」の準備風景 匂いに対する感覚も相当鋭くなってくる。ホウレンソウが甘い!
食はいのちをつなぐ大切なもの。
つながれるいのちを全うすべく、今年は「創」ということが僕のひとつのテーマとなる。
田畑を創り、自分を創り、より良い社会を創り、未来を創る