問題は、そんな暗い20年後のイメージを持ちながら、
どんな明るい20年後をソウゾウするかだ。
今の社会を負のスパイラルに追い込んでいる仕組みや構造、
そういったものに「見切り」を付けたい。
どこかで、そんな感覚が強烈にある。
半年振りに戻ったトウキョウを見て、「何だコリャ、スラム的ではないか?」と思ってしまった。
農山村を捨て、わざわざ高いカネを払って都市に住む。
密集した住宅、朝の通勤ラッシュ、よどんだ空気、
口をすすぐだけで渋い水、疲れ切った顔・表情。
「生きるってのはタイヘンだ」「現実は厳しい」「食っていくのに必死だ」と
つぶやきながら、口にするのはジャンクなファストフード。
心身ともに疲弊するネガティブ・スパイラル。
他方で、「いのちをつなぐ食べもの」を育てられる環境が身近にあり、
実際に食べものがふんだんにある農山村。
食料のほどほどの自給、風呂や煮炊きへの薪活用、
野山にある食べものの採集、周囲に飲み屋もないので主に家で飲み食いなどなど。
足元にあるものを掘り起こして活用すればかなり生活基本コストが抑えられる。
「ドロは食えないけど、ドロから育てたものは食えるんだよ」と言える圧倒的な安心感。
「キャベツあるかね?タマネギは?」と近所の人たちが
「有り余る自然の恵み」をお裾分けしてくれる支え合いとお互い様文化。
僕はそんな環境の中で、したたかに生き抜く
ヨソモノ・バカモノ・ワカモノのひとつのモデルケースになりたい、と思う。

言ってみれば半農半X(エックス)。
農作業をしながら自分の好きなことをして食べていく・暮らしていく・生きていく。
そこには多様な形があって良い。
自営業や起業をしながら生きる人。
既存の企業に属しながら田舎に居を構える人。
専業的に農業に従事する九農一Xというスタイルをとる人。
とにかく、今ある仕組みや構造にどこかで見切りを付けて、
別様の可能性を語るだけではなく、実践する。
そんな多様で多彩な人々の笑顔と地に足着いた営み。
そんなつながり、緩やかなコミュニティが成立したら20年後の社会に僕は明るい光を見る。
20年前、今の社会をソウゾウできただろうか?
インターネットの爆発的普及、NGOやNPOなど市民セクターの興隆、
多様なライフスタイルの現れ、価値観の多様化。
今後、20年で大きく社会は変わるだろう。
そんな中で、どう生きるか、どう生きたいか。
不安と楽観の中で、明るい20年後を想い描く。
僕の不安と楽観のa-perspectives
自然放電中につき、感電注意。