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a-perspectives アーカイブ

2007年06月08日

after 20 years

「君は20年後の日本社会に対してどんなイメージを持っている?
20年後を見据えた長期的展望が今の生活にあるかね?」
酒も回った午前1時過ぎ、彼は鋭い目で僕を凝視しながらそう問うた。

正直、僕は今までも今現在も「長期的視野」というものを余り持たない。
計画計画というスタイルは好きじゃないということを通り越して、苦手だ。
旅行だって、風任せ。
何故、1ヶ月先の自分の行き方が1ヶ月前に決められるのだろう、と悩むぐらい。
言ってみれば、行き当たりばったり、なのだ。
でも、密かに自分はそれなりの展望や
a-perspectivesを持ちながら生きているつもり。

20年後の日本社会。20年後の世界。
一般的には明るくないかもしれない。
でも、悪いけど、僕はしたたかかつ愉しく生きていこうと思う。

先日、友人に借りて「ジャマイカ楽園の真実」という単館映画をDVDで見た。
一般的なアメリカ人にとっては、リゾート&楽園のジャマイカなのだが、社会はメタメタに破壊されている。
破壊要因のひとつは、自由貿易、経済のグローバリズム。
IMFによる構造調整プログラム(structural adjustment program)を受け入れ、
アメリカ産の農産物が大量に入るようになってしまった。
ジャマイカ国内の農家は窮地に追い込まれている。
自給の野菜や作物さえも作りにくくなってしまったという。
アメリカからの旅行者が「ジャマイカ料理」と思って喜んで食べているものは、
ほとんどがマイアミ経由で輸入される食品だとか。

そして、経済成長を引っ張るという目的でフリーゾーンという海外の企業が税制で優遇される特区が設置される。
その中では、ジャマイカの労働者が使い捨ての労働力として安い賃金と劣悪な労働条件でコキ使われている。
悲しいのは、その工場地帯にジャマイカ人よりも安い賃金でコキ使える中国人を連れて来ることが始まっていることだ。

自分たちの足で立ち、大地に働きかけ、食べものを育て、日々暮らす。
これほどシンプルなことを許容できないほど、社会は複雑になってしまったのだろうか。

日本とオーストラリアとの自由貿易協定(EPA・FTA)、日本とアメリカとの自由貿易協定、いろいろなグローバリズムの話が飛び交っている。
ジャマイカの破壊された社会を見ながら、明日の日本を思ってしまう。

すでにジワリジワリと社会の破壊が始まっている気がしてならない。
国道沿いに乱立する大手チェーンストアやショッピングモール。
廃れる地域の商店街。

「日本の農業を担い手に任せる」と言い切る農政。担い手は、大規模面積をこなすことが前提だ。
前提はそこでは止まらず、借金をしてでも農地を確保すること、巨大面積をこなす機械や労働力を確保することを求める。
食べものの質はどうなる?農地の地力や生態系はどうなる?
日本に荒地が広がるのもそう先の話でもないかもしれない。

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山つきの棚田。効率性や競争力から見たら、すぐに切り捨てられる対象だ。

「国際競争力を高めよう」
「安ければ、安いほど良い」
「経済のグローバリズムは必須だ」
という根拠のない判断基準が
どん底への競争を加速させている。
気がついたら、社会は良質の食、仕事のあり方、暮らし、人生、いのち、自然環境、
そういったものを手放してしまわないだろうか?

20年後の社会、僕の中では、そんな暗いイメージが強く渦巻いている。

2007年06月13日

20年後の未来は明るいですか?

問題は、そんな暗い20年後のイメージを持ちながら、
どんな明るい20年後をソウゾウするかだ。

今の社会を負のスパイラルに追い込んでいる仕組みや構造、
そういったものに「見切り」を付けたい。
どこかで、そんな感覚が強烈にある。

半年振りに戻ったトウキョウを見て、「何だコリャ、スラム的ではないか?」と思ってしまった。
農山村を捨て、わざわざ高いカネを払って都市に住む。
密集した住宅、朝の通勤ラッシュ、よどんだ空気、
口をすすぐだけで渋い水、疲れ切った顔・表情。

「生きるってのはタイヘンだ」「現実は厳しい」「食っていくのに必死だ」と
つぶやきながら、口にするのはジャンクなファストフード。
心身ともに疲弊するネガティブ・スパイラル。

他方で、「いのちをつなぐ食べもの」を育てられる環境が身近にあり、
実際に食べものがふんだんにある農山村。
食料のほどほどの自給、風呂や煮炊きへの薪活用、
野山にある食べものの採集、周囲に飲み屋もないので主に家で飲み食いなどなど。
足元にあるものを掘り起こして活用すればかなり生活基本コストが抑えられる。
「ドロは食えないけど、ドロから育てたものは食えるんだよ」と言える圧倒的な安心感。
「キャベツあるかね?タマネギは?」と近所の人たちが
「有り余る自然の恵み」をお裾分けしてくれる支え合いとお互い様文化。
僕はそんな環境の中で、したたかに生き抜く
ヨソモノ・バカモノ・ワカモノのひとつのモデルケースになりたい、と思う。

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言ってみれば半農半X(エックス)。
農作業をしながら自分の好きなことをして食べていく・暮らしていく・生きていく。
そこには多様な形があって良い。
自営業や起業をしながら生きる人。
既存の企業に属しながら田舎に居を構える人。
専業的に農業に従事する九農一Xというスタイルをとる人。
とにかく、今ある仕組みや構造にどこかで見切りを付けて、
別様の可能性を語るだけではなく、実践する。
そんな多様で多彩な人々の笑顔と地に足着いた営み。
そんなつながり、緩やかなコミュニティが成立したら20年後の社会に僕は明るい光を見る。

20年前、今の社会をソウゾウできただろうか?
インターネットの爆発的普及、NGOやNPOなど市民セクターの興隆、
多様なライフスタイルの現れ、価値観の多様化。
今後、20年で大きく社会は変わるだろう。
そんな中で、どう生きるか、どう生きたいか。
不安と楽観の中で、明るい20年後を想い描く。

僕の不安と楽観のa-perspectives
自然放電中につき、感電注意。

2007年07月03日

食の安全性


最近、巷では食の安全性がまたもや取り沙汰されている。
牛肉ミンチに豚肉や鶏肉を混ぜただの、賞味期限が切れている原料を使っただの。

コロッケ好きの人は怒っているらしい。
そりゃぁ、怒るだろう。
自分が食べていた牛肉入りコロッケが、実は豚肉入りや鶏肉入りだったのだ。
食品企業が信頼して買ってくれている消費者をだますとはなんたることか、と。

僕はしらけた眼でこの一連の報道をつまみ食いしている。
もっと注目すべき食品の安全性や安心のネタはあるだろうに。

これを機会に、嘘っぽい食品について、もっともっと議論をした方が良い。

私たちが、ミルクだと思ってコーヒーなどに入れてかき混ぜている小さなカップ容器の代物は、ミルクとは全く違うものだ。
「コップの植物油脂と水に乳化剤を入れてかき回すと、あら不思議。一瞬で白い液体に。クリームらしくするため絡めるで尺食指、増粘多糖類でとろみをつける」、
すると何だか良く分からないものの組み合わせが私たちがミルクと思って使っている物質に変身するという(p32)。

蕎麦や刺し身に使う練りワサビ。「本わさび入り」と書いてあり、原材料名には「西洋わさび」と書いてあるそうだ。
チューブ入りのわさび、その多くが実は混ぜ物らしい。「西洋ワサビとは、東欧原産の「ホースラディッシュ」で色は白。肉料理の付け合せに使われる。これを、同じアブラナ科で日本原産のワサビと混ぜ合わせ緑に着色。辛味が飛ばないよう油を、チューブから滑らかに出るよう増粘剤を添加する。食感をよくために食物繊維を入れることもある」ということだ。
原料のワサビの内で、本当のワサビが50%未満だと「本わさび入り」、50%以上であれば「本わさび使用」と明記できるという(40-41)。
(以上『食卓の向こう側 4 輸入・加工 知らない世界』西日本新聞社 2004年 からの引用)

以前とある講演会では、こんな話を聞いた。
海外(主に中国)から輸入されてきたワラビなどの山菜類はかなり強い塩漬けの処理をされた状態で入ってきて港に野積みされている。
形だけは残っているが、色がまばらになっている。そこで何をするか?
一度、漂白をかける要領で脱色する。脱色したものに今度は着色料を使って着色する。
以前から僕は「何でわざわざ不味そうな色に着色するのだろう」と思っていたが、なるほど、「着色せざるを得ない原料を使っている」ということなのだ。

遺伝子組み換え食品も食の安全安心という観点から考えても恐ろしい。
ジャガイモにクモだとかネズミといった全く別の生物体の遺伝子を組み込むとか。
遺伝子を組み替えて除草剤を浴びても枯れない大豆を作る。残留農薬や土地の破壊といったことにもつながる。
また、日本は遺伝子組み換え食品の表示規制が緩く、知らず知らずのうちに僕らは組み替え食品を摂取している可能性は大いにあり得る。
5%以下の混入は許容され、醤油や油などには表示の義務がなく、原材料に書いてある順番(重量順)の3番目以内で、重量の5%以上でなければ表示の義務がないという。
長年摂取し続けて、後々「いやぁやっぱり遺伝子組み換えはダメでした。人間に影響が出ます」なんてことになりかねない。

牛肉と豚肉を混ぜていたぐらいのことで、そんなに大騒ぎするならば、
もっと大々的に騒いだ方が良いことがありそうなものだ。

自分たちがどれだけ、マガイモノの食に曝されているか。その中で、心身に良い食を見抜き選択していく力が求められる社会になってしまっている。

2007年07月30日

懐かしい未来 ancient futures

もう1週間以上が経つが、先週「懐かしい未来ワークショップ」という2泊3日の企画に参加させてもらった。
「懐かしい」と「未来」 ancient futures というそれ自体対をなすような矛盾した語彙の組み合わせがこれからの社会の鍵を握る。
「懐かしい未来」を考えるということは、すなわち「私たちがこれから創りたい社会」を考えるということだ。
何故、まだ見ぬ未来ではなく、懐かしい未来を考える必要があるのか?
今の社会的な認識、人々の実践、生活様式、考え方などなど、多くが破壊的かつ破滅的な未来につながっているからだ。

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自然は無限ではないが、その資源を枯渇させんばかりに浪費していること。
誰のものでもない空気や大地、海や川を後先考えない経済活動で汚染し続けること。
大量に作り出して大量に廃棄するスタイル。
独り占めの発想から他者を蹴落としてでも経済的に優位に立とうという姿勢。
「共に生きる」何て言葉は鼻で笑って、自己責任で生き抜くモード。
このまま行くと、未来は明るくなく、破滅的だ。
危機意識を持っている人は、これからの10年で地球の命運が決まるという。
そんな問題意識で懐かしい未来合宿が始まった。

KJ法という手法を活用しながら、それぞれの参加者が考えていることを出し合いながら、懐かしい未来像を創っていく場面もあった。
その時の成果物がこの写真の図解だ。

ancifuture1.jpg

面白い話があった。
左下の文字に眼を向けて欲しい。皿の上に虫が三匹。
「こ」
という易だそうだ。
想像するだけであまり好ましくなさそうな状況。だが、これは好転の兆しなのだという。
虫が悪いものを食べ、腐らせ、分解して、次の新しいいのちの誕生の土台を創るという自然界のプロセスに焦点を当てている。腐敗と新たな創造という意味が込められてもいるというのだ。
老荘思想の「陰極まりて、陽となる」といった話も出てきた。
そういった話をベースにしながら、
自然や、人、社会との「つながり」
受け取るだけではなく、創り出す「文化」
生きることにもっと眼を向けた「ゆとり」
そして全てを包み込む「愛」といったことがキーワードとして挙げられた。

僕が「懐かしい未来」というフレーズから感じることは「つながり」ということだった。
作物を育てること、田畑に働きかけることで感じる「自然とのつながり」。このつながりがなければ、いのちをつないでいく食べものが得られない。
あなたがいて、私がいるという相互依存の関係性、「人とのつながり」。弱肉強食、何が何でも一人で生きるというのとは別の方向性だ。お互いさまということ。
具体的かつローカルな場所と空間の中でしか人間は生きていないということ、「地域とのつながり」。人とのつながりも心地良いお題目ではなくて、面倒なこともひっくるめて地域で生きるということ。
これは、僕が赤村という農山村に住み始めて愉しさも煩わしさもひっくるめながら感じていること。これらを感じ、考えると「いのちが生かされている」ということが単なる常套句ではないものとして実感できる。
「いただきます」と食事に手を合わせること、「ありがたい」と感謝すること、そんなシンプルな感覚をどこかに置いて来てしまったことが、現代社会のひとつの問題点なのだろう。「私だけよければ」という「つながり」が切れてしまっている発想が、環境破壊、消費主義の蔓延、自然や他の社会からの搾取といったことにつながっている。
懐かしい未来は、「つながり」を意識しなおすこと、体感して取り戻すこと、気が付いて実践的に紡いでいくことから始まる。そんなことを強く思う。

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「懐かしい未来食」と称して、アースオーブンで美味しいピザを作ってくれた。思い出すだけで幸せになる美味しさだ。

こういった懐かしい未来のイメージを各人が持ちながら、各人のフィールドや地域で地に足の付いた形でどれだけのことを考え、模索しながら実践していけるかが大切だと思う。
僕は今いる赤村という農山村からどんな懐かしく新しい未来をソウゾウしていこうかと、良い刺激を受け取った。
あの時間と空間に素直に感謝。

2007年09月16日

サティシュ・クマールの世界観

久々に酒や音楽に時間を使うよりも「本を読み進めたい」という感覚になった。
サティシュ・クマール(2005)『君あり、故に我あり』東京:講談社学術文庫
以前から良い本だと何となく聞いていたが、ようやくたどり着き、一気に読んだ。

今まで僕が読み溜めてきた主に西洋的と言われる世界の思想や視点、世界や社会の捉え方、いのちの在り方、そこに決定的に欠落していたのは「自然との有機的な関係」だったのかもしれない。
あるいは、自分自身が都市に住み暮らしていたため、自然との関係ということが全く実感できていなかったのかもしれない。
今、日本の農山村に居を構え、日々自然の中に身を置きつつ田畑に働きかけている自分がいる。
その自分に、サティシュ・クマールの言葉の多くがスーッと無理なく入ってきた。

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現代のガンジーとも評される彼の思想の核には「soil(土) soul(心) society(社会)」という3つの要素が三位一体となった考え方がある。
アメリカの大志である「生命、自由、幸福の追求」、フランス革命時の「自由、平等、博愛」、あるいはニューエイジの「ボディ、マインド、スピリット」も影響力を持っているが、社会と自然との多様な関係性の中で生きていく世界観や精神性までを表現し切れていないという。
彼の議論を簡単にまとめてみよう。

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土(soil)があるから、私たちは食べもの育てられ、家を建てる材料や暮らすために必要な燃料を確保でき、文化や芸術はインスピレーションを得られるという。
「土は地球を象徴し、生命を支え、空気や火や水を宿す。私たちの暮らしは土に依存している。土は単に効用のあるものという以上のものであり、生命の象徴なのである」(135-6)。
人間は自然の一部であり、土や地球はそれ自体神聖なものでもあり、その土や自然を育てること、心遣いをすること、感謝や畏敬の念を持って暮らすことは「私たちの責務」であるという。
土を育てることは「ヤグナ」、失われた分を補うこととも言われている。
クマールはこの考え方を「敬虔なエコロジー」と称している(136)。
自然は人間の外部にあり、資源として捉えられ、無限に開発され利用される対象という考え方とは明らかに一線を画している。

土の次には、社会(society)を育てることが大切とのことだ。
クマールによれば「ダーナ(与えることと受け取ること)に基づいた社会の秩序を意味し、相互利益と相互関係を意味する」(139)。
私たちの存在は、これまでの知的、文化的、宗教的な蓄積や財産によって、その関係性によって成り立っているということだ。
「そのお返しに、私たちは自分の仕事や創造性、芸術や手仕事、農業や建築を、社会の今と未来の世代に対する贈り物として差し出すのである」。
これは、個人主義や利己主義的な考え方、自己中心的な発想とは大きく異なる。
存在を成立させる関係性の総体としての社会へ贈り物や恩恵をどんどん返していくことを意味しており、「与えること」が前提となっている。
「それはまるで、たえず流れる川のようだ。支流の一つ一つが流れ込み大いなる川となる。私たちは時代と文化の大いなる川、人間性の川に流れ込む支流なのである」(140)。

土と社会に活力を与えながら、心(soul)にも活力を与える必要があるという。
不安、恐れ、怒り、嫉妬、欲望、それらは心を疲弊させ、傷つけ、腐敗させている。心が満たされ、平穏になるためには、自分の心を癒し、浄化する必要があるという。
これは、タパス(自分に栄養を与えること)と呼ばれる実践となる。
孤独になること、矛盾に満ちた世界から一時的に距離を取ること、普段より少なく食べたり断食すること、度を越えた消費を慎むこと、謙虚であること、奉仕すること、学ぶこと、眠ることなどがタパスに当たるという(143-4)。

土(soil)、心(soul)、社会(society)、この三つを個別に扱わずに三位一体で捉える世界観には「全体性」が内在しているという。

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この全体性が細切れになってしまっていること、いのちの存在が関係性の中で成立していることが感じられていないことが現代社会の不幸ということだ。
関係性の中で、いのちが成立しているということを端的に表現すると「君あり、故に我あり」ということなのだ。
現代社会の中で、日増しに強くなり、人々の意識と実践に染み付きつつある「競争原理」「弱肉強食」「勝ち組み負け組み」といった発想とは違った枠組みの発想だ。
以前の僕がこの本を読んでも「フーン」と思うだけだったかもしれない。今回は、何故か「なるほど、これは面白い。フムフム」と久々にすがすがしい気持ちになれた。
自分のいのちのあり方を意識しながら読む価値のある本だ。

2008年01月20日

スロービジネスを拡げるサポーター大募集中

スロービジネス。
ビジネス、食っていく手段、仕事、ライフスタイル、ここが変わると、社会や文化も大きく変わってくる気がしている。
いのちを大切にする仕事、どう拡げ、どう創っていくか。
このチャレンジにお気持ちとお志でぜひご参加ください。
ちなみに、主体的に動くスロービジネススクールの次期学生は3月から募集開始予定です。


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 いのちを大切にする仕事づくり スロービジネスカンパニー
      賛助会員(サポーター)大募集!
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自然も地球も人々も希望を持てる世の中にしていくために
いのち、つながりを大切にする仕事づくりを目指す
スロービジネスカンパニーのサポーターになりませんか?

━・━・━ ・━・━・━・━・━・━・━・━・━
 ●賛助会員(サポーター)登録へのお願い●
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「いのち」、「分かち合い」、「自然との調和」、「簡素で愉しい暮らし」。

おカネや効率化重視の「ファスト」な仕事に対して、こうした想いを大切にする仕事と生き方を「スロービジネス」と呼んでいます。

マハトマ・ガンジーの言葉に「あなたが望む変化自体に、あなた自身がなるのです」というものがあります。

地球温暖化、エネルギーの過剰消費と資源の枯渇、自然環境の破壊、原発や再処理工場による放射能汚染、遺伝子組み換え食品の氾濫、独り占めのグローバル経済の拡大と生活や文化、社会の貧困化。。。

このような持続不可能な社会ではなく、いのちやつながりを大事にして、自然も地球も人々もハッピー&ピース&スローな社会にしていくためには「仕事」、「暮らし」、「ライフスタイル」、「コミュニティ」などが「望ましい方向」に変わっていくことが必要です。

スロービジネスカンパニーは、「望む変化自体になる&変化をつくる」ための実践・学び・創造の場を企画・運営しています。

★「参加型」のネット上の学校、スロービジネススクール。学生が自ら学び、創り、実践するスタイルを重視。
★持続可能でオルタナティブなライフスタイルを提案し、商品や買い物を通して社会をよりハッピー&スローにしていくスローウェブショップ膳(Zen)。
★福岡県赤村にて半農半X的なライフスタイルとコミュニティのあり方を示す。人や自然と愉しくつながりながら生きる「ゆっくり村」プロジェクト。

ぜひご一緒に、いのちを大切にするスロービジネスムーブメントをつくっていきませんか?

スロービジネスカンパニーでは、スロービジネスを拡げるために積極的に活動する「SBS学生」(次期6期は3月募集予定)と同時に、お気持ちとお志でご支援くださる賛助会員(サポーター)を大募集しています。

皆さんからの応援と支援をひとつの糧に、スロービジネスを拡げていきます。

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賛助会員(サポーター)になると…
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●年4回のスロービジネスカンパニー(SBC)通信をお届けします●
SBCの活動状況、SBS学生による記事、学生紹介など盛りだくさんの内容です。
●スローウェブショップ膳(Zen)で5%割引でお買い物ができます●
スロー、オルタナティブなライフスタイルを提案するショップ膳(Zen)。
フェアトレード商品、社会問題の提起やオルタナティブなライフスタイルを提案するDVDや本、SBCオリジナル商品が割引にてご購入できます。
●スロービジネススクール(SBS)・メールマガジンが配信されます●
SBS学生のエッセイやインタビュー、ゆっくり村情報などスローな読み物が満載です。
●スローウェブショップ膳(Zen)のメルマガをお届けします●
スローな暮らしに役立つ情報・エッセイ・知識のご紹介や新商品のご案内をいたします。
●そのほか、SBSや学生が企画するイベントの情報をお届けします●

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 お申し込み方法
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賛助会員(サポーター)を希望される方は、下記のフォーマットを使い、SBC事務局まで、メールまたはFAXにてお申し込みください。

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SBC事務局 (担当:上條)
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Tel 093-202-0081 (ウインドファーム内)
あわせて、下記の口座に所定の金額をお振込みくださいますよう、よろしくお願いいたします。

年会費 一口 6,000円

郵便振替口座;
口座番号: 01760-1-113164  
口座名義: スロービジネススクール事務局

銀行口座;
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2008年11月15日

11月22日 東京で小さなお話し会イベント@カフェスロー

9月末~10月頭まで行ってきた
南米エクアドル。

そこでであったこと、
見聞きしたことを報告する小さな会を開きます。

カフェスローという文化発信の場が会場。

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エクアドル・インタグツアー報告会
暮らしと森とフェアトレード
: .・*: .。: *: * 。.・*: .・*: .。: .・*: .。: *

08年9月に実施した
「~エクアドル・インタグコーヒー森への旅・2008~」の
報告会をカフェスロー(東京・国分寺)にて開きます。

大規模鉱山開発に反対して、
森の中でコーヒーを育てる選択をしたインタグの人々。
「鉱山開発やお金は要らない。私たちに必要なものは森や川だ!」
「本当の豊かさと幸せは既にここにある」

一杯のコーヒーの向こう側に広がる暮らし。
その豊かさ、厳しさ、たのしさとは?

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現地の様子を映像&写真を交えて報告します。
ぜひ、いろいろな「つながり」を感じに来てください。

★日時:11月22日(土曜日)
★時間:14:00~16:00
★場所:カフェスロー
http://www.cafeslow.com/

★参加費:500円(資料が付きます)
★MYカップをご持参ください♪

★生豆の手煎り焙煎の実演もします!
生のコーヒー豆が焙煎されて香りが出てくる。
煎りたてのコーヒーはどんな香り&味でしょう。

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★話し手:矢野宏和・後藤 彰(ウインドファーム・スタッフ)
★予約制ではありませんが、参加希望者は事前にご一報ください。
★お問合せ&参加希望
info(a)windfarm.co.jp
(a)は@に変えてください。

【報告会の中身】
○森の中でコーヒーを育てる森林農法とは何なのか?
○「お金や開発より森や川、そして家族」インタグの人々の営みの豊かさ。
○何故、10年間に渡りフェアトレードという
営みが継続してきたのか?
○そもそも、フェアトレードとは何なのか?

現地の最新情報や映像&写真を交えて、
コーヒーから広がる世界や暮らしの様子をお届けします。

参加者の方々とのざっくばらんな
おしゃべりも楽しみたいと考えています。

森の中で育ったコーヒーを飲みながら、
ゆったりとした時間を楽しみませんか?

【話し手プロフィール】
矢野宏和
ウインドファームで営業部長をしつつ、気まぐれな
カフェを作ろうと片田舎に移り住み、小さなログハウ
スを半年がかりでセルフビルド。

4年前から薪ストーブを使いはじめ、すっかり薪の
魅力に取り付かれ、現在はオール薪化住宅&非電化
住宅を構想中。(来年には着工予定)

日々の仕事(フェアトレード)、家事(家作り)、
育児を通して、本当のしあわせの在り処を探し続ける。

後藤 彰
2年弱の農村移動営業を経て、
福岡の片田舎=赤村にて半農半スロービジネス&
「ゆっくり村プロジェクト」を展開・模索中。
スロービジネスを広めること、シンプルな暮らしと自然農
が常に頭の中にある。
(ウインドファームスタッフ)

主催:ウインドファーム

森をまもり、森をつくる
森林農法のオーガニックコーヒー
焙煎したての美味しさをお届けします。


★「インタグコーヒー物語り」もぜひご覧ください


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