大地の音 part1 (2002/Aug)
マクーというイラン—トルコ国境の街がある。
夜行バスで長距離移動し、ヘトヘトになって着いた。
街をぶらついていると、前から変な杖の様なものを持った人が歩いてくる。
会釈をされたので返すと、日本人だった。まつ毛が一部白くなっているのが特徴的だった。
「何だぁ、この人はヒマラヤでも登ってそうだな」というのが第一印象。
倉さんが手に持っている杖のようなものは竹の筒だった。
彼とは一緒にトルコへと国境を越えた。トルコに入って、禁酒圏イランを脱した祝いにビールを飲んだ。あまり、美味いとは思わなかった。
飲みながら話していると、そう言えばあの竹筒は何なんですか?という話になった。
これは、楽器なんですという。
「いやー、酒が入っちゃったからあんまり上手く吹けないと思うけど」と言いながら演奏をしてくれた。
「・・・スゲェ・・・」
それがディジュリドゥーの音との遭遇だった。
何となく知っていた楽器だが、実際に目の前で演奏されると迫力があった。
これはすごいものだと思った。
彼は、シリアに急ぐということでトルコのはじっこで別れた。
「また会うでしょう」なんて言いながら。
シリアで世界で一番キレイなドミトリーがあると言われる宿がある。確かに良い宿だった。
場所はハマという世界一大きな水車がある街だ。木で出来た車軸がこすれる音は素晴らしい。ディジュリドゥーの音に似ている。
その宿でも彼と会った。その時は僕が入った日にすぐ彼が出ていったので、それ程交流はなかった。「また会いましたねぇ」
「僕はダマスカスにしばらくいます。まあ、そこでまた会うでしょう。」なんて言いながら。
その旅を終えるため、僕はダマスカスに着いた。シリア人の大移動とぶつかりバスのチケットが取れず右往左往したが、ダマスカスに行くというパッカーとミニバンをチャーターして何とかたどり着いた。
四日後には東京に向けて24時間のフライトが待っている。
その街の宿でまたしても、倉さんに会った。彼はチェスをしていた。
その宿の部屋はフル。
中庭のソファーでなら寝てよいとのこと。僕は寝袋を持っていなかったが、彼が「僕のを使いなさい」と出してくれた。
彼の持っている楽器は常に気になっていたが、ダマスカスで聴くことはなかった。
早朝、「僕はイエメンを目指します」と言う彼と握手をした。「また、どこかで会いましょう!」 両手を胸の前で合わせ、合掌してさっそうと出て行った彼の姿が印象的だった。
半年後、僕は北インドにいた。さまざまな旅行者と話していて「一番面白い場所はインドだ」という意見が多かったことも影響している。倉さんが勧めていたのもインドだった。
ヒンドゥー教の聖地「バラナシ」でインドに少し疲れていた。
歩いているとどこからともなく人がすり寄ってきてささやく、「マニー、マニー、マニー」「ハーシーシー」「ガンジャガンジャ」「オンナ、カウ?」
ガンガーのほとりで絵はがき売りの子どもに付きまとわれ、「うるせぇ、向こう行けガキャ」とか言いながら歩いていると、視界を見覚えのある白いまつ毛が横切った。
「えっ、あっ、倉さん!」
「アイヤー、来たんですね?また出て来ましたか?まあまあ、座って。チャイでも飲みましょう。」
半年近くかけて、僕はバイトをしつつセメスターを終わらせ、インドにいた。
同じ時間をかけて、彼はイエメンにたどり着き、パキスタンなどを見て回りながらインドに滞在していた。「もう、3ヶ月目に入ります。僕は、このバラナシが好きなんですよね。すごく落ち着くんです。」
彼は、相変わらず竹の筒を持っていた。ガンガーのほとりで朝夕瞑想した後に吹くという。
神秘的な感じがした。それは「大地の音」だった。
さまざまな雑音が飛び交うガート(沐浴場:川のヘリはコンクリートで固めてあり、巨大な階段のようになっている)で、聖なる川ガンガーに向かってディジュリドゥーを吹く彼の姿も、そのうねるような不思議な音も素晴らしかった。
中東で会って、バラナシのガートで再開した。これは、何かの縁だと感じ思い切って聞いてみた。「倉さん、僕もその楽器をやってみたいのですが、教えてくれますか?」
「ん、やりますか?ふふふ、良いですよ、じゃあ竹を買いに行きましょうかね。」
ということで、僕もディジュリドゥーを演奏する人間に加わったのだ。
嬉しくってしょうがなく、暇も手伝い毎日吹いていた。
「バラナシに来たら沐浴しなきゃもったいないですよ。やるなら、朝日の出る前、早朝ですね。」との言葉に乗せられて、僕はネパールに発つその日の早朝にガンガーに入った。
腰まで浸かっている状態から全身を聖水に勢い良くうずめる。あまりの冷たさに体を上げるときに口が開いてしまう。当然水が口の中に入り込む。ガンガーの味がした。
沐浴中、彼はずっとガートの六角の上でディジュリドゥーを演奏していた。
「ガートで出会って、ガートで別れましょう」そう言ってバラナシを出る僕を見送ってくれた。「また会いましょう!」合掌。
僕は倉さんとばったり再会することで、大地の音を奏でる楽器とつながった。
その楽器はさらなる出会いをたくさん奏でていく。
そのうち、どこかでまたばったり会うだろう。

インド・ムンバイにて、音で地元民と交流中。
