旧村大張村
「なんでもや」に集まるもの

後藤 彰
31/Oct/04 update

 旧村大張は大蔵と川張という地区がその昔に統合されて大張になったという。丸森町の中でも山場に位置する中山間地だ。バイクがへばるほどの急斜面がそこここに。その旧村のちょうど真ん中あたりに「大張物産センター なんでもや」というお店がある。
「なんでもや」の外観。周囲には農協、駐在所、郵便局、
小学校、役場出張所などの施設が揃っている。
「他に必要なものは店だ」という住民の想いがあった。
 10月中旬に一度何も知らないで訪れた。その時は「単なる商店の一角に直売コーナーがあって地元の野菜が並んでいるだけ」というガッカリな印象だった。それほど惹かれなかったので、詳しい話なども聞かなかった。が、少したってから結城登美雄さんが書いた「『小さな村』には希望がある 沖縄『共同店』、宮城『なんでもや』『手仕事フォーラム』」『現代農業増刊号 なつかしい未来へ』(04年11月号)を読むと、何とすごいドラマがその店には潜んでいるのだった。「これは!」と思い、10月下旬に再訪して野菜を出しているじいさんや店員、店長から個別に話を聞かせてもらった。

 大張は過疎化が容赦なく進む中山間地。そこで商売を展開するのはナカナカ大変なことだ。車で丸森町の中心や隣町まで走れば大きなスーパーなどがあるため、地元の商店にお金が落ちることが少なくなっていく。そして、2つほどあった商店が閉店をした。すると困るのは移動の手段が限られる高齢者。今までは普通にそこにあった商店だったが、なくなってみるとさあ大変。晩御飯のおかずなどちょっとした買い物でも遠くまで行かなければならない。これは一つの危機だった。店が必要だということで検討を重ねて、共同出資による「みんなの店」を作ることになった。様々な人の尽力によって集落にある約300戸にある家の60〜70%から1口2000円の出資金を得ることが出来た。そして、元は農協の店舗だった場所に「大張物産センター なんでもや」が生まれた。生活雑貨と食料品、そして地元の農産物や工芸品が並ぶ。直売のコーナーには「誰でもが何でも出せる」という仕組み。庭で取れた旬の野菜から炭、木酢・竹酢、クラフト、植物のツタで編んだ籠、桑の枝で作ったスリコギ、阿武隈杉で作った木のハガキなどなど様々なものが並ぶ。「おかげさまで直売野菜の量も増えたし、販売量もけっこうあるんです」と店長さん。多少高くても「みんなの店」を利用するというコミュニティー意識も芽生えているようだ(詳細は結城(2004)を参照して下さい)。TVでそこにあるドラマが放映されたこともあり、遠方からも人が訪ねて来るという。
「店内には机といすが置かれている。
来店した人が「お茶に呼ばれようかな」と一服していける空間になっているのだ。
右の老人がイモの芽かき名人だ。
 が、「正直言うと・・・・」様々な課題も抱えている。店に小豆を持ってきた百姓歴60年の老人は並んでいる直売野菜を見ながらいろいろなことを教えてくれた。「う〜ん、あの人は長ネギも出してるのか。見てみぃ、この袋はね、呼吸しない袋なんだな。だからホレ、ネギが痛んできとる。呼吸できる袋か、穴の空いた袋に入れにゃいかんな。」なるほど、長ネギはちょっと「しなっ」としている。明らかに美味しそうではない。「ふむ、このジャガイモは芽が出とる。こうやって芽かきをしなきゃいかんぞ。」と袋の上から親指の爪で強引に芽を落とす。一応、他人の商品なんだが。。。。
「出品者の意識が低い」と言うことも出来るだろうが、「まあ、100円程度だし、売れなくてもどうせ投げる(捨てる)ものだったし別にイイワイ!」という感覚もあるのかもしれない。そして、その感覚は「とにかく現金収入が欲しい!」というゴリゴリの利益追求関心の希薄さの裏返しでもある。だけど、お金は儲けて良いと僕は思う。儲けたお金を地域内に還元すれば、その地域は元気になる。巡りめぐって自分や家族にも返ってくるはずだ。だから、もうちょっと工夫をしていくことは大切だ。
「地場産品コーナー」地元の人達が
一生懸命造りました 買ってくなぁい
 若い店員と近所の若い母ちゃんは状況を良くしていく難しさを語ってくれた。「ご老人方がなかなか発想を転換するのは難しいんですよ。イモの芽かきのことなどを柔らかく説明しても『フン、若いモンが何をいっちょる。百姓仕事もしとらんのに』という反応になっちゃうんですよね。年配の仲間が注意したところで『フン』という態度は変わらないんですよ。外からの刺激というか、観光客の意見とか文句とかがもっとあれば良いんだけれども」と。「あなたはいつまで丸森にいるんですか?いろいろな場所を見ているようだし、直売のメンバーに講演というか話をしてもらいたいなぁ」とも言われる。「イヤイヤ僕はしがない移動遊牧民ですから」(事実その日は丸森最終日だった)。
 店長と話した時には次のことを聞けた。「ここには観光資源がないんですね。だから、通りすがりの観光客が寄るという店ではないんです。集落の人が利用してくれる。だから、なかなか直売が活気付かない。集落の人は大方食べる分の野菜は作っていますからね。今後観光資源を作っていくことが課題なんです。」大張には棚田100選に選ばれている棚田がある。その棚田に来る人を上手く「なんでもや」に連れてきたりもできるだろう。その方向性も考えているという。
 でも、大掛かり工事をしたり、補助を取ったりして大々的に人を呼び込まなくても、集落のそのままを見せていけば充分魅力的だと僕は思う。「『ないものねだり』から『あるもの探し』へ」と結城さんは言う。「ここは何にもねぇから」とじいさんやばあさんがつぶやいていても探してみれば宝物はそこここに転がっているのだ。聞いてみれば、大張でも「ぽっくり地蔵」という石があるとの話が出てくる。昔から祀られている「長生きしてぽっくりいきたいね」という願が掛けられた地蔵らしい。発想が面白い。なぜそういった地蔵が発祥したのかなども調べていけばさらに面白い「資源」になっていくだろう。そして、何よりもそこに暮らす人々が魅力的だ。アケビの皮だろうがミカンだろうが、ナス、まつぼっくり、竹、根っこなど何でもかんでも炭にしてしまう人がいたり、百姓歴60年の人いたり、棚田の守をしている人がいたりと。きらびやかな観光コースを巡るよりも、もしかしたらそういった人たちから話を聞き、語らい、地域で作られた野菜や漬け物を食らう、そっちの方がよっぽど学べることも感じることも多いのではないか、と思ってしまう。
 「なんでもや」を中心にして大張ではこれから食品加工なども手掛けていくようだ。願わくば集落の若い母ちゃんたちが積極的に関わって愉しみながら村おこしが進めばなぁ。風習や慣行を意識しながらも大胆に。今後どんな展開を見せるかが、移動しながらも気になる。

【参考】
結城登美雄(2004)「『小さな村』には希望がある 沖縄『共同店』、宮城『なんでもや』『手仕事フォーラム』」東京:農文協『現代農業増刊号 なつかしい未来へ』2004年11月号 14-25.

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