| 地域営農とそこにある想い 後藤 彰 |
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三和町の北東部山間地域では「川合地域農場づくり」といういわゆる集落営農が進められている。集落単位を越えて旧村レベルで取り組んでいることを考えると、「地域営農」と呼んだ方が正確だろう。そこでは、大型機械が唸りを上げて田畑を耕し、特産の三和大納言という小豆の播種をしていた。そんな地域で僕は京都からUターンしてきたTさんに出会う。 「これから来る大転作時代を乗り切るには、大型機械などを導入し効率を考えた集約型にして農業を進めていくしかない」と彼は言う。米の生産過剰と値下がりなどの影響もあり日本中の農村では米づくりを休む、休耕田の割り当てがある。それは、2〜3反の自家用米を作る田にも当てはまる。休耕田では大豆や小豆といった転作作物が栽培されている。この動きが加速する中で、高齢化が進む農村地域では田畑を耕す人が徐々に、だが確実に減少している。実際に農村で出会う70代のオジイ・オバアは「もう今年で百姓は終わりにしようと思って」ということを頻繁に口にする。「今年だけはなんとか」と思って4〜5年は粘る人も多いのだが。現実に総農家数は1995年には約344万戸であったが、2000年には312万戸まで減少している。5年間で32万3千戸(全体の約9.4%)が離農したことになる。田畑を耕す人間が減っていく。となると、大型機械を導入して効率的に農業を進めていく必要が出てくるのだ。これが地域営農に連なる。
単に効率的に農業をやろうと考えているわけではないTさんには強い想いがある。「僕はこの故郷の風景を守りたいんです。僕が生まれ育ったこの風景を後世にも残してやりたい。田畑が荒れていくのは簡単なことなんです。1〜2年耕作放棄になって、草が生えてくれば簡単に荒れる。そこに杉などを植え始めたらもう元には戻らなくなるんですよ。荒れていくのを見るのは忍びなくて。この空気や水、それを抱え込む田畑を守りたいんですよね」と。
同時に、田畑を耕す人への想いもある。「70ぐらいになって、家族からは『もう百姓仕事は止めにしなさい』と言われたりして『もう全部あんたに任せるわぁ』と言ってくるオジイ・オバアがたくさんいます。そういう人ともよくよく話して『本当に止めていいんだな』と問うと『できれば米を作りたい』と言葉を漏らすように言うんです。50年も60年も米づくりをしてきた人たちですよ。そう簡単に止められるものでもないんですね。オジイ・オバアはもしかしたら自分たちの人生の集大成として良い米を作りたいと思っているかもしれない。そう考えて、僕はオジイ・オバアに出来るところまでは自分たちでやってもらおうと決めたんです。出来ないところは機械で入ってやるというようにしているんです。『すまんが、肥を振るのがえらくてなぁ(きつくてなぁ)』と言われれば『よし待ってな、明日にはドガーっとやっといてやるから』みたいな調子で進めているんです。確かに僕らへの負担は多いけれども、オジイ・オバアには出来るところまでやって欲しいんですよね」と。 こういった想いをガソリンにしてTさんは突っ走っている。正に突っ走っている。地域の祭があれば、そこに「はらわたモチ」という伝統的な料理を出すことを考えたり、小学校の生徒に田植え体験をさせたり、田畑に興味を持たない主婦層を巻き込むためにドライフラワーの講習会をやったり、もちろん自分でも伏見トウガラシや古代米の栽培もしたりと。「いやぁ、あの人はがんばりすぎだよ。いつか倒れんじゃないかと回りも心配してんだぁ」とTさんを評する人もあった。Tさんはこの先に農都交流や生産物の都市における直売なども視野に入れている。彼のような人物が居る集落と居ない集落では決定的に事態が変わってくる。結局、人なんだ。そして、その人が抱く想いなんだ。そんなふうに思わされる出会いだった。 |
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