| 大阪府豊能郡能勢町 棚田が育むもの 後藤 彰 Aug/29/04 up |
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棚田百選にも選ばれる長谷の棚田 道端で出会った百姓は画家だった。「兄ちゃん、良く見かけるな」と。 新谷さんは「このように棚田の中に民家があるのは日本でも長谷だけなんだ」と言う。 「先祖から受け継いだこの棚田を守っていかなければならない。」 彼のそんな気持ちは絵になって表れている気がした。「兄ちゃん、素描画の本やるよ。もってけ」といきなり本をくれた。「絵は心で描かなきゃダメなんだ。その風景や対象に惚れ込んでぶつかっていくんだ!」なんだか、岡本太郎を髣髴とさせるような物言い。風景や水、そこで育つ食べ物がそんな人柄を育むのだろうか。 外部から来た僕のような人間は簡単に思ってしまう。「景色のキレイな棚田だ」。「これは保存していくべきだ」と。実際にすごく美しい。荘厳としている。神々しささえ感じられる。400年以上前にこの土地に住んだ先祖が山肌を切り拓いて田を創ってきた。食べるために。生きるために。住むために。 現在の守人は何を思っている? 「こんな棚田は維持するのだけやたらと手間が掛かってどうしょうもない。基盤整備をしてもっと生産性の高い田んぼにして欲しい」と言う人。 「ここは最高だと思っています。先祖から受け継いだこの棚田を守っていきたい」と言う人。 様々だ。 棚田を守る手間や苦労は住人が一番良く知っている。畦塗りや草刈り、水管理など、棚田ゆえの苦労は尽きない。そして、米の値段は安い。田など放棄してしまい、買って食べたほうが経済合理性には良く合致している。 どこかで、経済合理性を意識して「大変だ」とつぶやきつつ、その合理性に回収されない何かが棚田の周囲には潜んでいる。そう思えてならない。そうじゃなければ、棚田はとっくに荒廃しているだろう。もっとも、棚田が拡がる山の上方では荒廃も始まっているのだが。。。
その文化は愉しさを同伴しているようだ。棚田を守っていくためにオーナー制を長谷でも採用している。一定のお金を支払い、都市の人間が棚田で田植えや草刈り、稲刈り、収穫祭などを経験し愉しむ。農村の人間も、草刈りや水管理などの負担を負いながら都市の人との交流を愉しむ。様々な発見があったり、交換があったり。「お互いに愉しんでいるんです。ただ、それだけでも良い気がしてます」とある兼業農家は語っていた。 その人の感性は棚田が育てているのだろ思う。僕は彼に「一番大変なことは何ですか?」とたずねてみた。<水管理や草取り>という答えをどこかで予想しながら。返ってきた彼の言葉は何だか僕には全てを象徴しているように思えてならない。 「いやぁ。何が大変って都会から来る人の名前をよう覚えられんでねぇ。すぐに分からなくなっちゃうんですよ。特にたまにしか来ない人なんかは全然ダメでね。向こうは僕を分かっているんだけど、僕から何度も名前を尋ねるわけにもいかなくて。知ったような顔して『こんちは』とか挨拶するんですけどね。誰だったかなぁ、って。それに本当に困ってますよ。」 |
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