ミカンと哲学者

後藤 彰
06/Mar/05 up date

急勾配にミカン畑はある。
トロッコのようなものでガンガン山を登る。

 山川町はミカン農家が多い。しかし、ミカンと言えばオレンジ輸入の自由化の影響を大きく受けており、単価が下がっている代表的な作物でもある。ミカン農家に会う度に「単価が安くてやってられない!」という嘆きを聞かされる。出荷の形態を産直やスーパー出しにして対応している人々もおり、美味いミカンを追及している人もいた。が、全体的に雰囲気は明るくない。
  そんな中で全く悲観的なことを言わずにミカン栽培をしている母ちゃんに出会った。
只隅貞子さん
  只隅さんはミカンを2町歩栽培している。女手ひとりでやるにはそこそこ広い面積になる。
「そりゃ忙しかよぉ。ばってん、愉しかぁ〜」と満面の笑みで語ってくれた。
印象的だったのは「私はミカンを作ってるでしょ。でも、時々ふと私がミカンを作っているのか、ミカンが私を作っているのか分からなくなるのよね」と言っていたこと。それは、自分の時間をミカンに縛られ拘束されているからというわけでもない。ミカンがあって自分がいる、ミカンのお陰で自分が存在しているといった感覚のようだ。そんな不思議な一体感があるからだろうか、つくり方はもちろん丁寧なものになる。「生き物を育てているのだから嘘はつけません。正直に作らにゃいけません。そうすれば、それなりに良いミカンになってくれるんです」。ミカンの季節になるとそんなミカンを求めてお客さんがやって来る。1時間以上バイクで走って大川町から買いに来てくれる老人もいるとか。「嬉かねぇ。私のミカンを買いに来てくれるんだから。作っていて良かったなぁと思えますよ」。
  只隅さんの日常生活自体にも「愉しかぁ」という種がたくさん詰まっている。とにかく農家が持つ自給の豊かさを大切にしているのだ。自給の野菜はもちろん、漬け物、梅干、ビワの葉ローション、ドクダミの花から化粧水、クリの渋皮煮などなどを自分で作ってしまう。「買うのはたやすいですよ。でも、自分の手で作った方が愉しいし心地が良いのよね。それに、お裾分けするとすごく喜ばれるし、どうやって作ったのか聞かれたりするのも面白いじゃない」と。働きに出ている息子や娘たちの弁当も作っている。「自分の手で作ったものを昼時間に私も食べながら、あの子らも今食べてるんだろうなぁって思ってるの」。そんな料理の食材はほとんど自分の自給畑で作ってしまう。「泥は食えんけど、泥から食べものは作れる」ということだ。
  自給の豊かさがところどころにある彼女の生活は「どうせ暮らすなら愉しく暮らしたい」という自然な感覚に支えられている。そして、「愉しく仕事をしないと良いミカンも野菜も出来ないと」言い切る。
 「今じゃこんなに元気にやってるけど、ドン底も見てきたのよ」と辛い歴史も語ってくれた。ドン底で辛酸を舐め、意気消沈していた時に「私には山がありミカンがある。やってみよう」と決意したという。
  僕は旅をしていて時々こういった母ちゃんたちに出会う。その時につくづくと「まるで哲学者のようだ」と感嘆してしまう。といっても抽象的な言葉で遊ぶ哲学ではない。自分の生活や自然への働きかけを通じて獲得してきた生きた実感と言葉で紡がれる哲学だ。そんな哲学はとてもいきいきとした生命力のある眼で語られる。そんな哲学者に出会うたびに、「さあ、あなたはどう生きる?」と問われている気がしてならない。

写真を撮らせてもらおうとすると
「よかよか!」と拒否される。


最後には満面の笑みで写ってもらいました。


山と川の町 ミカンと哲学者 婆ちゃんのだんご汁定食



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