「環境特化」の先へ
後藤 彰
【エコ・ネットワークの会へのコメントと感想】

  レスター・ブラウン氏の講演は明快で分かりやすかった。プランBへのシフトが必要であり、そのように決断するのに悠長なことを言っている暇はないということだ。

  現実に日本の冷夏といい欧州の熱波といい、異常な気候が続いている。「人間は大きな危機に直面するまで環境問題の深刻さを実感しないだろう」といったことを良く聞くが、今回の異常気象(2003年8月)は充分「大きな危機」なのではないか?欧州では3000人以上の死者を出し、農産物への被害は深刻だ。日本では、米の価格が上昇するだろう。北九州を中心にここ数年暴風雨に見舞われるという事態が続いている。異常気象も例年のことになると、人々の意識の中でそれが常態化してしまのだろうか。

  レスター氏は水不足と穀物の収量減、備蓄の減少によって数年以内に食料の値段が跳ね上がると予見している。そうなった時に、実害を被る人々は環境問題を意識するだろうということだ。

  だが、「何とかなる」と思っている人々を「動員」することは難しいだろう。実際に「何とかなってしまう」という雰囲気は強いし、人々は「動員」されたくはないからだ。

  さらに、「環境」という側面に大きな比重を置いたプランBへのシフトを提言するのはややアプローチとして狭いと感じた。「環境」に興味のない人や「環境倫理」を共有しない人には届かないだろうからだ。

  現在の経済システムや私たちのライフスタイルを従来のものから転換させ、オルタナティブなものへとシフトさせる必要性は何も「環境問題」があるからだけではないはずだ。加速するネオリベラル的なグローバリゼーション、その下での一人ひとりの生活の変化や問題も視野に入れる必要がある。日本でも、リストラが加速化や中小企業の倒産、失業率の上昇、年間3万人の自殺者、所得格差の拡大などの問題が発生している。これは、直接環境問題とは関係していない。

  しかし、問題が発生している根っこには共通性がある。収益を第1とし、効率性や生産性を重視し、競争で勝つものが生き残る。そのためには、環境破壊も生活破壊も見て見ぬふりをする。あるいは、「仕方がない」「生きていくのは大変だ」「現実は厳しい」といった考え方で処理する。これは、今あるやり方を大きく転換することへの恐怖にも支えられている。こういった考え方が現在の破壊的で自壊的な経済や制度を支えている大きな要因の1つであろう。

  自然エネルギー源へのシフトやライフスタイルの転換などは「環境」だけではないより包括的な視点から見る必要があるのではないか?「エコロジー」という考え方は、単に環境的持続性のみをさすのではないという議論がある。そこに、「社会的公正」と「存在の豊かさ」といった要素を付け加える必要があるということだ。現在の社会を理解する際にも、「環境的持続性」だけを訴えるのではなく「社会的公正」や「存在の豊かさ」といった視点も必要になってくるはずである。この包括的な視点からプランAを批判し、プランBを考え実践していくことが重要である。

  これは「視点」を変えれば、「私たちはどのような社会に暮らし、どのような生活を営みたいのか」というヴィジョンと関係してくるだろう。環境のみならず、人々が公正さを享受し、存在の豊かさや生きる喜び、愉しさを享受できる社会ヴィジョンだ。3万人の自殺者はポジティブなヴィジョンを持ち得たのだろうか?

  対談中で、JFSは「今後、『持続可能な日本とは何か』といった議論を積み重ねる場を作っていきたい」との発言があった。これは、非常に重要な動きとなるだろう。そこが、市民、活動家、学者、研究者、ジャーナリストなど多様な人々が専門分野や境界を超えて議論できる場であって欲しいと思う。そこから、「顔見知り」を超えて本当の力を発揮する「ネットワーク」が生まれるだろうから。


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