わたしが作る藁の家(第五回)
ワークショップの記録
2003年7月16日−18日

「構築するのは家だけではない」

by 後藤 彰


 奥多摩からさらに奥地へバスで移動する。山深い中に突然集落が現れる。そこが、藁の家作りのワークショップが開催されている「日原」だ。約180人ほどが住む集落。個人経営の林業やワサビ、ソバの栽培などが営まれている。過疎と高齢化は非常に進んでいる。最年少が27歳の青年。20代の人間は5-6人しかいないという。若者のほとんどは「ヨソ」から来た人間だ。孤立し、隔絶された集落であるため独自の文化圏でもあるという。7月16日は日原の盆に当るため、山には入らないといった風習がある。独特の方言もあるという。東京も多様だ。

この集落で「藁の家」を作るワークショップが開催されるのは、日原に小屋を建てるという計画があり、偶然にも藁のブロックの使い道に困っているつながりがあったからだという。さらに、日原の町おこしに力を入れたい主催者としては、鍾乳洞観光などで通り過ぎてしまうのではなくて「ちょっと滞在して欲しい」「とにかく人とエネルギーが行き来して欲しい」という意図もあるという。「当初は2回ぐらいで終わる予定だったのですが、もう5回目です。まだまだ完成しそうにありません。」どう考えても、完成まで後2、3回は必要だろう。

今回のワークショップ参加者は主に都心から来た学生、勤め人、プータロー、謎の人等々だった。「藁の家」と銘打たれているからには「1家族」が生活するような「家」を勝手に想像していた。が、実際には「キコリの休憩所兼イベント空間」になるという「小屋」だ。ワークショップといっても、家作り。ドカタ作業に近いものがある。今回は、藁の家の壁を塗っていく作業が中心だった。



壁塗りの風景。
藁の部分と土壁






壁に塗りこむ泥を仕入れてきました。
この後、ふるいに掛け、藁と混ぜて発酵させます。



家の内部にある「プール」と呼ばれる場所には「土と藁」が混ぜられ醗酵した状態で貯め置かれている。醗酵することで粘度が高まる。

泥をコネる。藁のブロックが剥き出しになっている壁にその泥を手で塗り込んでいく。しっかりと塗り込まなければ剥離してボロボロと落ちてきてしまうという。淡々と作業が進み、剥き出しの藁ブロックが徐々に土壁に覆われていく。「ワークショップと聞くと何か時間が決まっていて、ステップが決まっているイメージがあるかもしれませんが。。。。。」と気を遣うコーディネーターをヨソに参加者は酒を飲みながら、ガンガンに鳴るR&R[レッチリの同じアルバムを6回は聞いたと思う]にノリながら作業をそれぞれ楽しんでいるようだった。泥を塗り込むことにも慣れてきて、ビシッと決まった土壁が形成されてくるプロセスの中にいると職人気分になれる。

ストロー・ベイル・ハウス(藁の家)はそもそも貧しい人々が生活環境にある素材で家を建てるところから始まったようだ。家の材料はほとんどが自然素材(竹の骨組み、藁のブロック、土、水、ヒモ等々)なので、朽ちても自然に返る。藁の家を紹介した本には藁と土で出来ているとは思えないような立派な建物の写真が載っていた。ただ、高温多湿の日本で藁の家にどれだけの耐久性があるかは未知数だという。

「入口に看板を作ろうよ」「壁にスピーカーを埋込もうか」「大きなビンを明かり取りにしたら」といったアイディアを言い合いながらワークショップは進んでいった。

上方の濃い茶色は塗りたての泥壁。
下方は藁の束。
土壁の原料のプール。


ワークショップといっても、藁の家を作るだけではない。
「人間は食わねばならない」「夜は長い」

 ワークショップ期間中の食事は基本的に自炊。飲食店など日原には存在しない。今回はコーディネーターが雑穀料理を振舞う。自称「グラタン」のシチュー風や雑穀カレー、朝取りのキノコを使ったみそ汁等々ぜいたくなメニューが連日食卓を飾る。協力し合いながら料理を作るのは、さながら小学校のキャンプ。



今回のワークショップでは2度の長い夜を過ごすことになった。1日目は本来はバーベキューハウスなのだが、もはや使われていないためワークショップ主催者のスタジオ器材が運び込まれている場所へ行った。そこで、ジャンベ、ディジュリドゥー、ドラムセット、エレキギター、奇声などで深夜まで自由奔放なセッションが続いた。



2日目は河原横の空間で焚き火をしながら原始音楽セッション。ジャンベ、ディジュリドゥー、和太鼓、声、薪、石などを使って深夜まで音出しが続く。「音楽や宗教ってこうやって始まるんだろうね」とか言いながら、時間を忘れてひたすら音をつないでいく。丸太に切り込みを入れた巨大な松明を明かりにして深夜漆黒の河原を練り歩いたり、と愉しみは尽きない(写真が無いのが残念無念)。

  このワークショップに限ったことではないが、日帰りでは何とももったいない。


 ワークショップと名のつくものの数は非常に増えているという。

中には非常に短いものもある。参加者同士の交流がないものもある。
  今回のものは、2泊3日間の時間を共有し、同じ釜の飯を食うことでその場を共有する人同士の間に不思議な関係が生まれていく。全く違うバックグラウンドを持った者同士が集まり、親密な関係を作っていく。作業のナカナカ愉しいが、そういった交流もさらに愉しい。

その関係性が今後どのように発展していくか?
「藁の家(小屋)」が日原に若者やエネルギーを引き寄せる仕掛けとなるか?
 完成までと完成後の展開が楽しみになる。

わたしが作る藁の家HPへ>>
写真提供:藁の家の母(藁母)ナカムラさん

cf:日原関係のHPへ>>
  日本ストローベイルハウス協会のHPへ>>


©GOTOH Akila 2003-
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